俺の家の隣には、吸血鬼が住んでいて

毎年10月31日にだけ、俺に会うために城から降りてくるのであった。






  Trick and Treat






今年もこの日がやってきた。



10月31日、午前7時。 俺は窓を開けると、朝日と共に、まだ眠りについているであろう彼に思いを馳せた。


ここに住み始めてから、もう8年目くらいになるだろうか。
持ち前の喧嘩っ早い気質のために魔法学校を追い出された俺は、以後独学で魔法の勉強に打ち込むため、この閑静な山に移り住んできた。


隣の城はその前からあったようだが、その荒れた外観から、てっきり誰も住んでいないものと思っていた。


その年のハロウィンの日を迎えるまでは。



すっかり日没を終えた午後7時、夕食の支度をしていた俺は扉を叩く音に外へ出ると、そこに大きな黒い影を見た。
ニヤリと笑う口元から覗いた鋭い牙に一瞬のうちに恐怖で立ち尽くしてしまった俺は、そのままのしかかってきたその影──吸血鬼に、
血を吸われ、体を奪われた。


事を終えた吸血鬼は、がくがくと震えたまま動けなくなっている俺をそのままに台所へ歩を進めると、俺の作ったカボチャのスープの鍋に
スプーンを突っ込んで一口すすり、何も言わずに俺を一瞥し、その鍋を大事そうに抱えて家を出て行った。



次の年も、その次の年も、彼──イサオは、同じ10月31日の午後7時に俺の前に現れた。
そして俺の血をすすり、俺を犯し、俺のスープを持って帰るのであった。


その日以外には、昼も夜も、彼は決して姿を見せない。
しかし俺達はいつしか互いに惚れ合い、年に一度のこの逢瀬を楽しむようになっていた。

彼が外に出て動ける時間は10月31日の日没から日付が変わる午前0時まで。
その僅かな時間に、俺達は互いを激しく求め合うのだった。




*****



今年もこの日がやってきた。



10月31日、午後6時。 俺は棺桶の中で目を覚ますと、カーテンを細く開けた窓から赤い屋根の小さな家を見下ろし、その中でせっせと
夕食の支度をしているであろう彼に、思いを馳せた。


父親からこの城を受け継いでからもう何年経つだろうか。
年に一度、10月31日のハロウィンの日にに下界に降りて吸う人間の血が、俺の命を支えていた。

毎年毎年、幼い頃から俺は欲望にまみれた汚い人間の血ばかりを吸うざるを得ずにいたのだが、そんな生活ともおさらばできそうなきざしが見えたのが、
あれは8年ほど前だっただろうか、隣に一人の魔法使いが住み始めた時だった。


昼の間は窓から外を眺める事すらできない俺は、夜な夜なこうしてカーテンの隙間から隣の家を見下ろしては、顔も分からぬその人間の血を吸う事を、
今や遅しと待ちわびていた。



そして迎えたその日、目の前に現れたのは年のころ16、7といったところの、まだ幼さの残る顔立ちの少年──トシだった。


恐怖に冷え切ったトシの血はしかし、それまでに吸ってきたどの人間の血よりも甘く、純粋であった。



俺は無意識のうちにそんなトシの体を求めていた。
突然の事に声も出せなくなっている彼を一方的に犯すのは心苦しかったけれど、一年ぶりに吸った血にすっかり興奮しきっていた俺は、その衝動を抑えられなかった。


事が終わってもなお震え続けるトシの姿に居たたまれなくなった俺は、すぐにその場を後にしようとした。
が、その時、火にかけられてふつふつと沸くカボチャのスープを見つけ、俺は立ち止まった。

そのスープはめちゃくちゃに美味く、俺はスープを鍋ごと抱えると、そのまま家を後にした。


鍋ごと持って出れば、鍋を返しにきた事を口実に、来年も彼と会うことが出来るだろうか。
なんて柄にもなくガキくさいことを考えながら。



次の年の同じ日も、トシはまだそこに暮していた。


ことによるとおびえて逃げたしてしまったかも知れないという懸念もあったけれど、マントの中に鍋を抱えて扉を叩くと、幾分大人びた顔つきになったトシは、
そろそろとその姿を見せた。

ニカッと笑って鍋を差し出すと、彼はそれを受け取り、はにかんだような笑顔で俺を暖かな室内に迎え入れてくれた。


そこから先は、毎年同じ。
俺はトシの血をもらい、トシの体をもらい、トシのスープを鍋ごともらい、年に一度のその日を楽しむのであった。



あぁ・・・。 考えてみれば、俺ってトシから何かをもらってばかりだったな・・・。




*****



午後6時58分。

俺はごちそうの支度を終え、彼の来訪を待っていた。


彼は年に一度俺の血を吸えさえすれば、別に人間の食事を摂らずとも一年間生きていられるのだそうだが、それでも彼は毎年、俺の料理を美味そうに食べてくれる。



ドンドン。



午後7時きっかり、扉が叩かれた。

俺は椅子から立ち上がると、小走りに扉を開けた。



「・・・いらっしゃい。」

「こんばんは。」



彼は紳士よろしくぺこりと一礼すると、去年の鍋を手にニコリと笑った。

口元から覗く牙は、今では可愛らしい八重歯のように見える。



「どうも。入って。」



俺は鍋を受け取り、彼を招き入れた。


カボチャのスープを皿によそうと、彼はマントの中から古びたワインのボトルを取り出した。



「これ・・・さっき死んだ親父の部屋探ってたら、出てきた。」

「へぇ。・・・これ、結構高いやつじゃないのか?」

「値段は知らん。美味いんだったら、それでいい・・・」

「ありがとう。」



俺はボトルを受け取り、食器棚からワイングラスを出した。



「でもどうしたんだ? 今年に限って手土産なんて・・・」

「別に・・・たまにはいいだろう?」




*****



食事を終えると、トシは目元をぽうっと紅潮させ、ほろ酔いになっていた。



「トシ。」



名を呼ぶと、トシは一呼吸置いてから「ん?」と視線を上げた。



「大丈夫か?」

「あぁ・・・悪ィ。楽しくてちょっと酔いが回ったかも・・・」



トシは両手で頬の辺りを覆うと、目をゴシゴシとこすって俺を見た。



「血ィ、吸うか?」

「あ、あぁ・・・」



俺はフラフラと立ち上がるトシを支えながら、寝室へ入った。




*****



明かりをつけても、イサオがぼんやりと霞んで見える。 ヤバイ、少し飲み過ぎただろうか。



ベッドに腰を掛けると、隣に座った彼は俺を抱き寄せ、首筋をペロペロと舐め始めた。

吸血鬼の唾液には麻酔のような効果があるらしく、そのお陰で俺は毎年痛みなく彼に血を吸わせてやれていた。


首筋にゾクゾクとした快感を覚えながら目を閉じていると、舌に代わって牙が当てられる感触がし、俺はうっすらと目を開けて彼の背を覆うマントを掴んだ。



「あ・・・あっ・・・!」



ずくずくと牙が入り込んでくる。


痛みは無いものの異物感はあって、俺は彼の背を掴む手に力を込めた。



「はぁ、はぁ・・・」



やがてじんわりと血が流れ出していき、それをちゅうちゅうと吸う音が耳に入ってきた。

この血で今日も彼の心臓が動いているのかと思うと、嬉しいような恐ろしいような、何とも言えない感情を覚える。



少しクラクラとし始めてきた頃、彼は牙を抜いて再び俺の首筋をペロペロと舐めた。

吸血鬼の唾液には血止めの効果もあるらしい。 すげぇ。



イサオの頭が離れると、俺は酔いのせいもあってフラリと後ろに倒れ込んだ。



「トシ。」



頭と背を支えて俺をゆっくり横たえると、彼はスーツのポケットから包帯を取り出し、俺の首にグルグルと巻きつけて端をリボン結びに止めた。



「苦しくないか?」

「ん・・・平気。」



少し微笑んで見せると、彼は安心したようにマントを脱ぎ、上着も脱いで俺の体にかぶさり、唇に口付けた。



「ん・・・」



一年ぶりのキスに、俺は嬉しくて彼の頭を引き寄せ、更に角度を深めた。

口付けながら彼は俺のシャツのボタンを慣れた手つきで一つずつ外し、大きな掌で胸を愛撫した。



「あっ・・・!」



早くも立ち上がりかけた突起を指先がかすめ、小さく声を上げた。

彼は片手で俺の頭を支えて口付けたまま、胸に宛がった手で俺の胸の突起を優しくつねった。



「んっ・・・は・・・」



丸一年こうした刺激を受けていなかった俺の体は彼の愛撫に敏感に反応し、すぐに体中が火照りを帯び始めた。



「んぅ・・・あ・・・あ・・・」



快感に堪え切れず唇を離した俺は、声を上げて彼の刺激に答えた。



「トシ・・・」



イサオは煩わしそうにネクタイとシャツを脱ぐと、俺のシャツも剥ぎ取り、性急にズボンのベルトに手を掛けてきた。



「あっ・・・」



俺は抵抗無くズボンと下着を下ろされ、その奥まった場所に彼の指が触れることを許した。



「ん・・・んぁ・・・あっ・・・く・・・」



しかし一年間貞操を守り続けたその窪みは指さえ容易に受け入れることができず、時折ぎちりと痛んでは俺の息を詰まらせた。



「トシ・・・」

「んっ・・・へい・・・き・・・」



すぐに思い出すから。 彼の与えてくれる悦びを。



だんだんと潤い始めたそこから指が抜かれ、すぐに熱く滾った彼のものが押し付けられた。



「ん・・・きて・・・」



俺は腰を持ち上げられ、彼の赴くままに貫かれた。



「あっ!・・・ん・・・んんっ・・・」



ずっと待ち続けていた律動に、俺はむせび泣くように声を上げた。




*****



俺の体の下で、トシが可愛らしく啼いている。



一年ぶりに快楽を受ける体は抜き挿しに合わせて時折ピクピクと痙攣し、もう幾度となく体を重ねてきたにも関わらず、いまだに初々しさを匂わせて俺を魅了した。


吸血鬼のくせに、魔法使いを抱く事がどうしてこんなにも幸せなのだろう。

長年人間に恐れられ、人間を脅かし続けてきたこの俺がたった一人の純粋な人間にこんなにも簡単にほだされてしまうなんて、我ながら呆れたことだ。



でも、今の俺にはそんな事はどうだっていい。
呼吸を荒げながら必死に縋りついてくるこの目の前のトシに、ただ、口付けたい。


顎を掴んで上向かせると、トシは涙に濡れた双眸をゆっくりと閉じ、唇を寄せてきた。

その柔らかな唇を優しく吸いながら、俺は一年分の愛情をトシの中に注ぎ込んだ。




*****



ふと目を覚ますと、イサオはベッドから降りて身支度を整えていた。


枕元の時計を見ると針は11時55分を指し、俺達の逢瀬のタイムリミットが近いことを告げていた。



「イサオ・・・」



半分身を起こして彼の背に呼びかけると、彼は振り向き、片膝をついてベッドに乗ると俺の髪を撫でた。



「まだ寝ててもいいぞ。」

「・・・いや、送ってく。」



急いで服を身につけ、スープの鍋を布でくるんでイサオに渡すと、彼は俺の肩にマントを掛けてくれた。



「寒いから。」

「・・・ありがと。」



城の前に着くと、彼はもう一度俺の唇にそっと口付け、「じゃあね。」と呟いて扉へ続く階段を一段ずつ昇り始めた。



「あっ、これ・・・!」



俺は肩に巻かれたままだったマントに気付き、慌てて階段に足を掛けた。



「いや、」



しかしイサオは立ち止まって俺を振り返り、



「それは持ってろ。」



言うと、ニッコリと笑って城の中へと消えていった。



山のふもとの教会が0時を告げる鐘を鳴らす音が遠くに聴こえた。



あぁ、そうか。


このマントを持っていれば、来年は俺がこれを返しに、イサオに会いに来ることができるんだな。



俺は彼の香りの残るマントにふわりとくるまると、イサオの余韻を感じながらしばらくその場に座り込み、細く輝く月を眺めていた。





(了)




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えっと・・・ハロウィンってこういうもん?(笑)

吸血鬼いさおっちが書きたいがために書いたような小説です。
が、吸血鬼の基本設定は捏造なので悪しからず。 そういう知識はまるで持ち合わせていないので〜。


何故イサオが隣に来た住人が「魔法使い」だと分かったのかというと、
コウモリでも使いにやったのだということで一つ。


あとイサオとトシの年の差は1つですから。
出会いの時はイサオ→18、トシ→17で。

それにしてはイサオの言動は随分老けている感じがしますけどね・・・。(笑)