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秋也は相変わらず俯いている慶時からクッキーの袋を取り上げた。 「おまえばっか食ってるなよな、典子サン、食べられないじゃないか」 「あ、ああ。ごめん」 秋也は袋を典子の方に戻した。「ごめんよ」 「ううん、いいの、あたしは。秋也くんたち、食べて」 「そう? しかし俺たちだけもらうってのも──」 秋也はそこで初めて、典子の向こうに座っている男に目をやった。男──川田章吾(男子五番)は、 学生服に包まれた大柄な体を窓ガラスに寄せかけ、腕を組んで、静かに目を閉じていた。眠っているの かも知れなかった。 (中略) 「カレは寝てるのかな」 「うん──」典子は川田の方をちらっと振り返った。 「うん、あたしも、起こすの悪いと思って」 「クッキー食べるタイプじゃないか、どっちにしても」 典子がくすっと笑い、秋也も笑いかけたとき──ふいに、「俺はいい」という声が聞こえた。 秋也は川田の方に視線を戻した。 低く、張りのある声の残響が、耳に残っていた。秋也にはあまりなじみのない声だったが── しかし、それは明らかに、川田が発したもののようだった。 (原作本文p28-30より) |