☆小説サンプル☆

草木も眠る午前二時。あの伊東先生の一件以来、こうして俺の腕の中で眠るコイツは、まだ少し──調子が悪い。
「近藤さん、ちょっと・・・」
先刻そんな一言と共に俺の部屋へ来たトシはその右手に件の妖刀を携え、眉間に深い皺を刻んだ険しい表情でためらい
がちに足元辺りへ視線を落としていた。
「どうした?」
丁度布団を敷き終えて明かりを消そうとスイッチのリモコンを握っていた俺は、手の中のそれを放り出すと廊下に佇む
トシの方へ歩みを進め、その両肩をそっと抱き──
「・・・トシ?」
問うたばかりの返事も待たず、再びその語尾を上げていた。
掌を重ねたその肩も、黙りこくる唇も、剣を握る色白の手も、全てが小刻みに震えていたので。  (壱・陽より)


目を覚ますと、近藤さんの布団に横たわっていた。
記憶は今ひとつ曖昧で、部屋に差し込む朝日に目を細めながら俺は布団の中で腕を伸ばし──その右手に当たった固く
冷たい感触に、全てを思い出した。
(あぁ・・・俺、また・・・)
近藤さんに縋ってしまった。この刀の呪いを──いや、呪いに負けた自分を、背負いきれなくて。
万事屋の野郎には剣身一体でおあつらえだなんてポジティブな事を言われたが、俺がなりたかったのはこんな剣じゃない。
俺の体が、今まで踏み越えてきた奴等の怨念にまみれているのは百も承知だが、俺が背負う覚悟をしたのはこんなへタレた
オタクの怨念なんかじゃない。
俺は──俺は自分が認めた存在に対してはどんなものだって犠牲にしてやる覚悟でここまで生きてきたが、その反面、自分
が認めたくない存在に対しては、こうも弱かった。
俺は、俺の築いた牙城を崩されるのが何よりも怖かった。   (弐・陰より)


怯える女性の指差す方へ駆けつけると、その暗い路地の奥には髪を色とりどりに染めて派手な着物を纏ったいかにも悪そうな
若者数人と、そいつらに囲まれてうずくまっている一人の青年の姿があった。
「オイ何やってんだ! 乱暴を止めてそこを動くな!」
警告しざまに路地へ入ると──青年を囲んでいた若者達は一斉にこちらを振り返り、その内の一人が手に持っていた財布らしき
黒い塊を懐にサッと隠すのが見えた。
「今入れたのは何だ。見せなさい。」
袋小路になっているその路地を進むと、若者は俺の隙をついて逃げ出そうと体勢を低くしながらこちらへ突進し──しかし一人は
右から来た総悟に、もう一人は左から来た銀時に取り押さえられ、残っていた数人は俺の肩に手を掛けて軽やかに飛び上がった
チャイナさんの蹴りで地面へ沈んだ。
「・・・まぁ、さっきの金はこの逮捕協力の報酬って事で受け取ってやってもいいかな。」
「・・・好きにしろ。」
手首を捻り上げられて呻く若者を押さえつけながら、銀時がニヤリと笑った。俺も笑い返した。
それより──
「大丈夫ですか? 何なら救急車を・・・」
携帯電話を取り出しながら、俺は怪我の具合を見ようとうつ伏せに倒れ込んでいる青年の肩を持ち上げてゆっくりとその体を
返し──現れた、派手に殴られて所々血の滲んだその顔に思わずあっと声を上げ──呼吸が止まりそうになった。   (伍・陽より)


目の前が真っ暗だ。体が動かない。
浮遊している感覚なのに、その体は指一本すら動かせぬほどに重く、だるい。魂が入れ替わっている時の心持ちに、それは似ていた。
ただ、普段のそれよりもだいぶ状態は辛いのだけれど。
体に戻りたくて、もがく。もがこうとするのだけれど──やはり体は動かない。随分力んでみても、まるで磔にされているように
ピクリとも動かない。力を抜くと息が切れ、呼吸が──呼吸さえも、ままならなかった。
(はぁ、はぁ、は・・・)
苦しい。気持ちが焦る。鎮めようと意識すればするほど、更に心臓の鼓動は激しくなる。呼吸の感覚が、速くなる。
(・・・ねぇ。)
ふと、どこからか声が聞こえた気がして、俺は真っ暗な世界で、それでも視線を彷徨わせた。
(ねぇ、土方氏ィ。)
(・・・だ、誰だ・・・?)
苦しさで声は出た気がしなかったが、それでもどうにか通じたのか、相手は会話を続けてきた。
(土方氏、僕だよ僕、トッシーでござる。)
(・・・トッ・・・シー・・・?)
いつもは憎み嫌うべきその名が、この心細い状況では不思議と懐かしさや安堵感を伴って聞こえた。   (肆・陽より)


※実際にはフォントサイズ9の縦書き二段組になります。








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