君の傍には僕がいるから

安心して、ここへおいで






  銀座の銀座と丸ノ内 






『銀座、すぐ来てくれ!』



朝のラッシュを避けるように銀座駅の休憩室で紅茶を啜っていると、普段滅多に鳴らない携帯電話が着信音を響かせた。

ろくに相手も確認せず耳に当てたそれから聞こえてきたのは、よく見知った彼の声。



『大変なんだ、銀座早く来てくれ! 銀座あぁ!』



一体何が大変なのかも告げぬまま、ただひたすらに裏返り気味の声で叫び続ける。

改めて理由を訊こうにも、返ってくるのはきっと同じ叫びばかりだろう。長年の付き合いからなんとなく感ぜられる。
多くは問わずにおくとして、取り敢えず場所だけは教わろうと僕は携帯を握り直した。



「今どこにいるの、丸ノ内?」

『ここだ、銀座だ! 早く来てくれ、銀座!』

「分かったって。すぐ行くから」



通話を切り、冷めかけた紅茶をこくりこくりと飲み下す。


ふう、と一つ息をつき、あの声色から察する彼の様子を思い浮かべながら僕はゆっくりと腰を上げた。




*****




長い地下道を進み、鮮やかな赤をトレードカラーにする彼のホームへ降り立つと、そこは溢れんばかりの乗客でごった
返していた。


いや、正確には転落防止のホームドアが設置されているので溢れ出ることはないのだが。

しかしよくよく見ると、その閉じたままのホームドアの向こうには既に電車が到着していた。



(あらら、あれが故障したのかな・・・?)



何となく推測を立てながらホームを歩き進むと、遠くからまたあの声が響いた。



「銀座銀座銀座あぁー!」



目茶苦茶に呼ばれる名前。

声が発せられたと思われる左手に顔を向けると、最後尾の乗務員室の窓に、そこから身を乗り出して大きく諸手を振って
いる長身の男の姿があった。



「銀座! ドアが開かないんだ! 助けてくれ、銀座ぁ!」



見た目はこざっぱりとした仕事のできるサラリーマン風の癖に、中身はまるで子供のように酷く甘えん坊だ。



「銀座、狭い! 苦しい! 動けないぃ!」

「はいはいはい、今行くから・・・」



窮屈ならそんな小さい窓じゃなくて一旦ホームに降りればいいのに。


思ったけれど、もともとそんなに知恵の働かない彼のこと、こんなパニック状態にあっては何を言っても無駄だろうと──
これも長年の付き合いから分かり切っているので、余計な刺激はせず、涙を浮かべて僕の名を呼び続ける彼の元へ黙って
歩み寄った。



「これが故障したの?」



手近にあったホームドアの傍にしゃがみ、固く閉じたそれを叩いたり揺すったりしてみる。



「俺にも分からん、何とかしてくれ銀座!」

「君に分からない事がどうして僕に分かる? 無茶言わないでよ・・・」

「そんな、同じ第三軌条の仲間だろ!?」

「関係ないじゃない。僕の所にはこんなもの付いてないよ」



そのせいでつい5日前、新橋駅でお客様が線路に転落してしまったりもしたのだけれど・・・それは言わないでおいた。



「とにかく大人しく技術員が来るの待ちな、ね?」



小首を傾げてそう説くと、丸ノ内は一瞬の沈黙の後、また振り出しに戻ったように喚きだした。



「嫌だ、ずっとこんな所に居たくない! 銀座の所に行きたい! 出してくれえぇ〜!」

「丸ノ内」



振り回された彼の手首を掴み取る。

途端、きょとんとした表情で静かになった彼に安堵して、そのまま両手を下ろさせた。



「丸ノ内、こっちに来たいの?」



優しく問い掛けると、彼は幅の狭い窓から尚も身を乗り出しながらこくこくと何度も頷いた。



(この窓から引きずり出せるかなぁ・・・?)



自信はない。

でもこの手を離したら彼はまた不安になってしまいそうなので、僕は彼を掴む位置を二の腕辺りに変えて、一方の彼の
手には僕の着る毛編みのベストを掴ませた。



「ぎ、銀座・・・!」

「ちゃんと掴まってて、引っ張ってあげるから」



ホームドアの端に体をぴたりと寄せ、細腕に力を込める。

ぐい、とその体を引き出すと、彼は足が浮き上がったのか若干バランスを崩して僕の体にもたれ掛かり、つられて僕も
少しよろめいた。



「わ、わ、銀座・・・!」

「情けない声上げないの。君が出たい、って言ったんでしょ?」

「あ、あぁ・・・」



呟くや、その彼の体が突然勢いづいて僕に飛び込んできた。



「えぇいっ!」

「うわっ・・・わぁ!?」



こんなギリギリの状況で一体何を考えているんだか、恐らく車内のどこかを蹴って弾みをつけたのだろう。


・・・そんな冷静な分析ができたのは、迫り来る丸ノ内の体に視界を閉ざされ──のけぞりながら横ざまに倒れた後だった。



「・・・い、ってー・・・」



それはこっちの台詞だよ。


言いたくなって起き上がろうとすると──肘をついた先がぐにゃりとへこみ、僕は二度驚いて再び倒れ込んだ。



「うおっ!」



倒れた先の地面が呻く。


いや──それは地面ではなかった。倒れる直前に身を翻して僕の下に入り込み、そのままクッションとなって潰された
哀れな丸ノ内だった。



「まっ、丸ノ内・・・何やってんの!」



僕も鬼ではない。

すぐさま彼の腹上から飛び退き、頭を打って顔をしかめている彼を支え起こした。



「──もう、無茶するから・・・」



人の事を言えた義理ではない。

僕だって自分より身長にして9センチ、体重にして8キロも重い彼を、乗務員室から引きずり出して一手に抱き止めようなど
という暴挙に出ていたのだから。


しかし打った頭をさすってやると、彼はぼんやりと開いた目をこちらに向け、その口元をにっと綻ばせた。



「・・・へへ、伊達に後楽園球場の前走ってねーぜ。なかなかのキャッチングだったろ?」

「・・・丸ノ内・・・」



その呑気な口ぶりに、僕は一気に力が抜けて支えていた彼の頭を膝の上に下ろした。



「全く・・・びっくりさせないでよ」

「俺だってびっくりしたぜ? お前急に俺のこと掴み出そうとするから・・・」

「それは丸ノ内が馬鹿みたいに『助けてー』って騒いだからでしょう?」

「馬鹿って言うな! ホームドア開かなくて俺がどんだけ怖い思いしたと思ってんだ!」

「大げさなんだよ君は一々!」



逆切れする丸ノ内につられて思わず声を荒げると、彼はびくりと身を竦め──のそのそと僕の膝から頭をのけて起き上がる。



「ご、ごめんな、銀座?」



顔色を変えた彼はまるで風船がしぼむように大きな体を萎縮させて、困ったように手を出したり引っ込めたりした。

本当はおどけたように抱きつきたいのに、触るとまた怒られる──とでも思っているのだろうか。


おかしいな。彼の考えている事は、ことごとく手に取るように分かる。



「・・・ふふっ」



そんな彼と僕の関係につい堪え切れずに笑いを漏らす。

すると彼はほっとしたように背筋を伸ばし、ためらいもなく僕の肩に抱きついた。



「良かった! 銀座怒ってない! 良かった!」

「・・・怒らないよ。しょうがないなぁ、君は・・・」



薄いワイシャツ越しに伝わる君の熱は、本当に子供みたいだ。


銀座、なんて洒落た大人の街で、それでも僕は君を──愛しさを込めて、いい子いい子、と撫でてあげたくなったよ。




(完)



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「ホームドア点検」という文言を「ホームドアが開かなくなる故障」と勝手に解釈しての妄想でした。

間違ってたらごめんなさいね!


銀座に甘える丸ノ内と甘やかす銀座、どちらも可愛くて大好きです。
でも丸ノ内もやる時ゃやる男なんだぜ! というアピールも加えつつ。


この二人はいつまでも二人だけの世界でまったりしているといいと思います。

銀座駅の話なのに日比谷の存在どん無視だからね!!(笑・・・っちゃだめか、すいません)