もうなんだっていい。

ただ、貴方の傍に居たいんだ。






  昼の闇 (後編)






何がいけなかったのだろう。分からない自分が、歯がゆい。
近藤さんに言った言葉に嘘は無い。突然のことに驚きはしたけれど、その行為に快楽を感じたのは事実であるし、責める気持ちなんてカケラもない。


けれど、あの人にはそれが苦しかった。あの人の全てを否定することなく受け入れる俺の気持ちが。


そういえば、ここの所近藤さんに反論することがなくなった。
あの人の意見に対して特別反論することが無かった、というのもあるけれど、それにしても。



いつからだろう。あの人に対してこんなにも優しくなったのは。

いや、この気持ちは果たして「優しさ」と呼べるものなのだろうか。それも分からない。


別に近藤さんのイエスマンになる気は無い。好きな時に好きなだけ犯される、そんな性処理人形になる気だって更々無い。
けれど、もしあの人がそれを望むならば、進んでその役割を受け入れてしまいそうな自分がいる。
弾よけになれと言われれば、死地に飛び込めと言われれば、それを当然の事として受け止めてしまいそうな自分がいる。


そして、そんな自分を恐ろしいとも思わない自分がいる。


それを「優しさ」と呼ぶならば、それを「愛情」と呼ぶならば、俺は俺に降りかかる全ての運命を、幸福な事だと受け止めるのだろう。


でも、そんな事を言ったら、近藤さんはまた怒るんだろうな。

「優しさ」の基準が、分からない。




*****




近藤さんはどこへ行ったのだろう。


俺は重さの残る腰を上げると、障子を開けてヨロヨロと廊下へ出た。


隣の俺の部屋には、いない。
昼食時であるからか、屯所には殆ど人の気配が無かった。



「土方さん。」



ふと、遠くから声がし、振り向くと渡り廊下の向こうに、隊服姿の総悟が見えた。



「どうしたんですかィ? ボーっとつっ立って。」

「あぁ・・・近藤さん、見なかったか?」

「近藤さん? ・・・いや、俺も今戻ったばかりでしてねェ。でもいつもの道では見ませんでしたぜィ。」

「・・・そうか・・・。」



俺はぼんやりと中庭を眺めた。



「・・・土方さん。」

「あん?」



俺は手すりに寄り掛かり、目も合わせずに答えた。



「隙だらけですぜィ。」

「・・・そうか。」

「そんなアホ面してると、その首飛ばしますぜィ。」

「・・・そうか。」



鯉口を切る音がした。 俺はここで死ぬのだろうか。



「これで副長の座は俺のモンでィ。」

「・・・そうか。」



もう、他の言葉を紡ぎ出す気力が無かった。


視界の端に鈍色の切っ先が見えたが、不思議と恐怖は無かった。
「悲しい」とか「苦しい」とかいう感情も無く、ただ己を支えていたものが抜け落ちたような、そんな空虚な感じだけが、胸にぽっかりと浮かんでいた。



「・・・張り合いがねェなァ。」



刀が鞘に納まる音がした。



「ったくこの人は・・・。」



溜め息を漏らしながら、総悟は俺の背後を通り過ぎた。



「近藤さんらしき人なら、さっき蔵に入っていくのが見えましたぜィ。」

「蔵?」



俺は総悟に視線を移した。



「ええ。顔は見えませんでしたが、背格好の感じはなんとなく・・・」

「そうか。」



俺は渡り廊下を歩き出した。



「・・・ちゃんと仲直りしなせェよ。」

「あぁ?」

「見りゃァ分かりますって。アンタも、近藤さんも・・・。」



いつもの無表情で、総悟は言った。




*****




蔵の錠は、確かに開いていた。


観音開きの戸を片側だけ僅かに開くと、ほんのりとカビ臭さの混じった冷気が鼻腔をくすぐった。

敢えて尋ね人の名は口に出さず、蔵の中へ体を滑り込ませる。
剣道の防具や非常用のバズーカが乱雑に積まれた中をゆっくり進むと、古びたダンボール箱の陰に、人の気配を感じた。


足を止めても、その気配は姿を現さない。
一歩踏み出しても見えず、もう一歩踏み出すと、暗がりの中に草履をつっかけた足の指先が、僅かに覗いた。



近藤さんの足だ。すぐ分かった。

すぐ分かってしまう自分に、少し苦笑した。



道場時代、拾われた俺は壁にもたれて座りながら、力強い踏み込みを繰り返す近藤さんの足ばかり見ていた。
別に見ようと思って見ていたわけではないが、生きることに目標を見出せない下向きの目線の先に入ったその足は、「活力」という言葉を、俺に与えてくれた。


生きる意味を、俺に与えてくれた。



もう一歩踏み出すと、抱えた膝に顔を埋めてうずくまる男の姿があった。
それは紛れもない、愛しい人の姿だった。



俺は何も言わず、その傍らに腰を下ろした。


膝頭を握る手にそっと自分の手を重ね、俺は近藤さんにもたれかかった。
肩口に頭を預けても、その体は逃げなかった。



「近藤さん・・・」



幾分かすれてしまった声で、小さく呟いてみた。

呟くと、なんだか涙が出てきた。

自分のせいで愛する人をこんなにもしおれさせてしまったのかと思うと、堪らなく苦しかった。



(あぁ・・・。)



そうか。近藤さんも、こんな気持ちだったんだな。

苦しくて、すまなくって、どうしようもなかったんだな。



「近藤さん・・・」



呼びかけたその声は、涙に詰まって上手く言葉にならなかった。



「一人で居たいかもしんないけど・・・少しだけ、ここに居させてな?」



近藤さんの傍に居たかった。


必要とされようがされまいが、「傍に居る」って、決めたんだ。
そのささやかな望みで、それが叶う幸福で、俺は今まで生きてきたんだ。



重ねた手に力を込めると、その手が払われ、代わりに近藤さんの力強い腕で、体ごと抱き締められた。



「っ・・・!」



そのまま隅の方まで引っ張られ、近藤さんの膝に乗った俺は、更に強く抱き寄せられた。

骨が軋みそうなほどに強く抱いてくる近藤さんの、俺の首筋に触れるその頬が少し濡れていて、俺はまた少し、胸が痛んだ。



俺達は、何も言わなかった。


何も言わなかったけれど、こうして抱き合っていれば、もうそれで良かった。

最愛の人が生きている。その体から伝わる鼓動と熱が、ただ有り難かった。




*****




「トシ。」



どのくらい抱き合っていただろうか。

もはや完全に近藤さんに体重を預けきっていた俺は、やっと発せられたその声にがばと身を起こした。



「・・・ごめんな。」



低く呟くその顔は、ダンボールの陰になっていて殆ど見えなかったけれど、もう涙を流してはいないようだった。



「なんか・・・まだ、ちゃんと謝ってなかったよな・・・。」

「もういいって。」



俺は言葉を塞ぐように、近藤さんの唇にキスをした。
暗闇の中で狙いは少し外れたけれど、近藤さんは俺に合わせるように頭を動かし、キスを返してくれた。



(優しい人なんだからな・・・まったく。)



俺は唇を離すと、再びその胸に頭を預けた。



「近藤さんは・・・近藤さんの思うように生きればいいよ。それを支えて、見届けるのが、俺の幸せだからさ・・・。」

「トシ・・・。」



抱きかかえられた頭に、近藤さんの顎が乗っかった。

心地良い重さに、俺はまたまどろんだ。



「俺だって、お前がお前の思うように生きて欲しいよ。無理に俺に合わせたりしないで・・・」

「じゃあいいんじゃねぇかって。」



俺は近藤さんに抱かれたまま、続けた。



「無理なんかじゃねー。俺は好きでアンタの傍に居るし、アンタに尽くすのが・・・俺の望みなんだよ。」



・・・なんて、自分で言って、なんだか気恥ずかしくて、俺は近藤さんの厚い胸板に額をグリグリと押し付けた。



「ちょっ・・・何だよ! くすぐったいって・・・」



近藤さんに笑い声が戻った。


その声が嬉しくって、俺は様子を見に来た総悟に死んだ魚のような目でバズーカをぶっ放されるまで、しばらく目の前のぬくもりを、独り占めしていた。





(了)




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なんだこの乙女は。近藤さんの胸なんて私がグリグリしたいわアアァァァ!!!!!(笑)


え〜、ということで、大変長らくお待たせ致しました。完結致しました。
場面転換が多く、長くてスミマセン。中・後にわけるほどでもなかったので、続けちまいました。


これはまぁ、その・・・「抱きしめる、という会話」ってやつですね。エーシー。

近土が泣いたのは、これを書きながら私自身が泣いたからです。可哀想過ぎて。(え)

まぁとにもかくにも、ちゃんとラブラブに終わって良かったです。バンザーイ!!




・・・あ、そごちゃんは確信犯ですよ?(笑)