あなたが居ないと

上手く歯車が回らなくて






  その存在、恋しくて   (前編)






「じゃ、行ってくる。」

「おう、気ィ付けてな。」



そう言って、日が傾きかけた午後、俺はその人の広い背中を見送った。

・・・なんて、別に仰々しく言う事でもないけれど。
幕臣の会合を兼ねた夕食会に、我らが局長も泊りがけで招かれた。ただそれだけの話だ。

でも、それだけの話だけれど、俺にとっては十分誇らしく、取り立てて述べるべき事だった。
幕府という大きな組織の中ではまだまだ若輩者と位置づけられても致し方ない俺達が、しかし重役の集う会合に
漏れることなく招かれ、同等に身を列ねられることの、なんと喜ばしいことか。



(「真選組ここにあり」って事を、存分に見せつけてやれ。)



別に近藤さんを出世の道具に利用しようなんてつもりで言う訳じゃない。
あの人ならその力を持っている。そう見せるだけのオーラを持っている。俺がそう信じて止まないだけだ。


一人ほくそ笑みながら居室に戻った俺は、座椅子に腰を下ろしてノートパソコンを起動させ、提出期限の迫った
書きかけの文書ファイルを開いた。



(・・・しかし静かだな・・・)



咥え煙草でパチパチとキーボードを叩きながら、いつもは無意識下にあるはずの些細な変化に気づく。


隣の部屋でもそもそと動く、その人の気配が無くて。


俺は手を止め、目の前の壁をぼんやりと眺めた。
落ち着きの無いその人は、いつも暇さえあれば腹筋だの素振りだの模様替えだの、部屋の中をせわしなく動き回っていた。
そしてたまに壁を打って俺の部屋にも響くその音は、雑音のはずなのに俺にとってはちっとも五月蝿くなくて、むしろ
そこにその人がいる安心感は、仕事への不思議な集中力を与えてくれるのだった。



(・・・なんか落ち着かねェ。)



俺はパソコンの前に頬杖をつき、短くなった煙草を灰皿に押し付け、新たな煙草に火を点した。

胡坐を掻いた膝は知らず貧乏ゆすりを始め、画面上、同じ行ばかりを追ってしまう目は思考を停止させ、続きの一文字すら
ひねり出すこともできなかった。


顎に添えた左手は煙草と口元を往復し、所在無い右手は無意味にマウスを滑らせる。
暮れてきた表は明かりの無い部屋を闇へと変え始め、眩しいほどに浮き上がって見えてきたパソコンの画面の人工的な光に、
俺は目を閉じた。



「土方さん、居ますかィ?」



と、その瞬間突然静寂を打ち破った総悟の声に、俺は閉じたばかりの目を見開き、ビクリと身を竦ませた。

コイツはいつも、足音も気配も消して俺に近付きやがる。つくづく気味の悪ィ奴だ。



「おう、入れ。」



やや置いて返答をすると、障子がスッと開き、口笛でも吹くように唇をすぼめた総悟が右手にペラ紙をはためかせながら
顔を覗かせた。



「うわっ、ケムいなァ・・・」

「うるせェ。何の用だ。」

「持ってきやしたぜィ。」

「何を。」

「何を、って・・・」



集中できないイラつきを顕わにした俺の態度に、いわれのない仕打ちを受けた総悟はム、と眉間に皺を寄せ、しゃがみ込んで
手の中の紙を俺の鼻先に突きつけた。



「アンタが一昨日書けって言ってきたんだろィ? 先週の捕りモンの報告書。」

「・・・あァ、そういや言ってあったな・・・」



先刻までは確かに覚えていたのに。
煙草の煙にいぶされたか、すっかり失念していた。

俺は紙を受け取り、ペン立てに手を伸ばしてさらさらとそれにサインをした。



「はぁ〜あ。・・・ったく、嫌ンなっちまうねェ。その歳でボケちまうなんざァ。」



あからさまに大きな溜め息をつき、総悟はボリボリと頭を掻いた。



「うるせェな。いつもギリギリんなって催促するまで書かねェ癖に、柄にもねェことすっからだろ?」

「あァ? 逆ギレですかィ?」



サインの隣に判を捺すと、総悟は待っていたとばかりに報告書を引っ掴み、フンと鼻を鳴らした。



「なんか近藤さんが居ねェと、しっかり仕事しなきゃいけねェって気に駆られんでさァ。あの人が居るって分かってる時は、
どうも緩んじまうもんでねェ。」



まだ乾かぬサインのインクをふっと吹いて、総悟の大きな瞳が俺をじっと見据えた。



「土方さんもなりませんかィ? そんな気持ちに。」

「・・・っ・・・俺は・・・」



正直、困った。

返す言葉が見つからなくて。
俺と真反対の総悟のモチベーションに、不覚にも驚きを隠せなくて。
己こそが一番近藤さんに尽くしているという自負が、至極狭い世界での思い上がりに過ぎぬものだったと感ぜられて。


口をもごもごさせて黙っていると、総悟の視線がチラリとパソコンの画面へ移った。



「なんだ。土方さんもちゃんとやってんじゃねェですか。」

「あ・・・ったり前、だろ。」



つい口をついて、嘘が出た。



「んじゃ、邪魔しましたねィ。」



総悟は立ち上がると、それ以上何も言わずに部屋を出て行った。


嘘をついた事への罪悪感、というのはさして無かった。
ただ、奴に負けたくないような、あまりにも子供じみて下らない理由を捏ねた自分に嫌気が差し、俺は文書を保存するのも忘れて
乱暴にノートパソコンを閉じた。


そうして、唐突に襲ってきた縋る者の居ない寂しさに、抱えた膝に顔を埋めた。




*****




その後、結局何一つはかどらないままに、俺は夕食に呼ばれて広間へ向かった。

既に皆が集まってガヤガヤ騒ぐ中、ぽっかりと空いた上座がやけに目に付いて、俺は広間の入り口で足を止めていた。



(・・・別に今に始まったことでもないだろ・・・)



一夜限りの出張なんて、もう何度も経験しているのに。
二泊・三泊の出張だって、決して珍しい事でもないのに。


所定の座に着くと、右手に位置する無人のその席には、空の膳に箸だけが据えられていた。
いつも近藤さんの大きな手の中で動く、黒々とした太い樫の箸が。



「副長、どうぞ。」

「・・・おぅ。」



山崎から飯茶碗を受け取り、俺はいつものようにその上にマヨネーズを絞り出し、掻き込んだ。


・・・が、いまいち食欲が湧かず、半分ほど喉を通したところで、碗を置いた。
何度も飯の代わりを所望し、美味そうに食うその人が傍らに居ないと、どうも味気なくっていけねェ。



「副長、どうかされました?」



箸を止めてぼんやりと視線を彷徨わせていた俺を不審に思ったのか、飯櫃を抱えて皆のおさんどんをしていた山崎が、
遠慮がちに顔を覗き込んできた。



「放っとけ放っとけィ。近藤さんが居ねェ寂しさに胸が一杯なんでさァ。」



隣で箸を動かしていた総悟が、もぐもぐと何やら頬張りながら山崎に空の茶碗を突き出した。


コイツはどうしていつもこう鋭いんだ。
近藤さんや他の奴らが割合鈍感なだけに、それは妙な恐ろしさを伴って目につく。



「あっ、そうでしたか。スイマセン、気が利かなくて。」

「誰もそんなこと言ってねェだろ!」



思わず声を荒げると、一瞬皆の視線がこちらに集まった。



「・・・はぁ、嫌だねィ。図星だからって焦っちまって。 オイ山崎、さっさと盛れィ。」

「・・・え? あっ、ハ、ハイ!」



山崎が慌てて俺から目を逸らし、カパカパと茶碗に飯を盛ると、手を差し出している総悟に渡した。



「オイ、テメェ図星って何の事だよ?」



既に嫌というほど自覚し、分かり切った答えを、それでも毒づかずにはおられなくて、総悟に問うた。



「アンタの事以外に何があるってェんですかィ?」



総悟は面倒くさそうに答えながら箸を伸ばし、俺の膳から沢庵をつまみ上げ、ひょいと口へ放り込んだ。

チクショウ、好物なのに。



「アンタが何か悩むって時は大方近藤さんの事だろィ? こちとらもう目ン玉腐るほど見せ付けられてんでさァ。」



ぼりぼりと沢庵を咀嚼しながら、奴は続けて俺の魚に手を付けだした。



「あぁもう沖田さん! お代わりなら別にありますから・・・それに副長も、局長も明日の昼までには帰って・・・」

「うっせェんだよ! 分かってんだンな事ァ。」



ニコニコしやがって。 山崎の奴ァどうしてこう苛立ちを増幅させるんだ。
総悟と違って天然だから余計にタチが悪い。


俺は箸を膳に叩きつけ、大股にその場を後にした。

ざわつく中から微かに「おめェは何でそう空気が読めねェんでィ?」と山崎を諭す総悟の声が聞こえた。


そう言うテメェは何でそう空気が読めてもわざと引っ掻き回すんだ。




*****




部屋に戻ると俺はまた煙草に手を伸ばし、縁側へ出てそれをふかした。

あの人が居ない日はあっという間に一箱空けてしまう。
少しは自制でもしないと、あの人を守り切れぬままに早々に死んでしまう日が来るのだろうか。

・・・なんて、行動の全てが近藤さんを中心に定められている自分に気付き、俺は苦笑した。



(幸せだなぁ、どうも。)



守るべき人が居て、その存在に自分も守られて。

ただ、そのせいで少しばかり命が惜しくなってしまうのは、こういう仕事にとっては難点だが。


着物の隙間を通り抜ける寒さに負けて部屋の中へ入ると、僅かな月明かりに照らされて、机上の携帯がきらりと光った。

何の気なしに手に取ってみたけれど、着信を知らせる明かりも無いサブウィンドウは、暗がりの中では時間さえよく見えない。


メールでも送ろうか。


ふと思い、しかしこんな電波などという不確かなもので繋がる薄っぺらい関係に身を置きたくなくて、座椅子の上にそれを
放り投げると、身に纏わり付いたヤニ臭さでも洗い流そうと、俺は葛籠から無造作に浴衣を引っ張り出して風呂へ向かった。





(続)




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すんません、時間切れでして。(笑)

当初は「出張によって束の間引き裂かれた二人がまた再会した時にホッとした表情をする萌え」が
テーマだったのですが・・・・・ん・・・んん〜?(笑)


いつの間にかそごたんを書くのに夢中になってました。
いつの間にか沖山を書くのに夢中になってました。(←こーらー)


ホントごめんなさい。
前編だけだとホント沖山夫婦ですね。このドS・ドM夫婦め!!(←最近ちょっと好き)

後半こそはきっと近土夫婦にしますので!
調子が良ければエロ入れますので!!(←芸がねーよー)


あと余談ですが、「旅行や出張で居ない人の場所にも箸だけは置く」というのは
我が家の風習です。 むしろ寂しさが増す気もするのですが。(笑)
それと「黒い樫の箸」はうちのパピーが使っているお箸です。 別に私ファザコンとかじゃないですけど。


ではでは、後半のupまで今しばらくお待ち下さいませ!!(汗)