だからきょうも、はしっていられる。

そんなささえが ぼくもほしいな。






  西武有楽町は見た 






「っくそ!!」



しゅうでんも終わったせいぶてつどうのしゅくしゃ、みんながくつろぐラウンジで、いけぶくろせんぱいは入ってくるなり
ドアわきにあった かんようしょくぶつのはちをけとばした。



「どうしてどいつもこいつも私の邪魔をする! 一体何の恨みがあると言うんだ・・・!」



ずいぶんといかりにみちたせんぱいの声はふるえている。
ないてるのかな、とも思ったけれど、なみだは出ていなかった。


せんぱいのおこっているげんいんは分かる。 ひるまに起きた きよせえきでのじんしんじこだ。

3日前にも いなりやまこうえんえきでじこはあったけれど、そのときは40分でたちなおったせんぱいが、しかしきょうは
けっこうおそくまでダイヤをみだしてしまった。

とっきゅうレッドアロー号はしゅうでんまですべてうんきゅう。 ぼくもうんてんみあわせが長くつづいた。



「荒れてんなー池袋。」

「・・・まぁ、こんなにトラブル続きというのも珍しいからな。」

「そういやお前んトコもこないだ沿線火災あったろ、アレ大丈夫だったのか?」

「あれは西武の落ち度じゃない。運悪く巻き込まれた、って所だ・・・」



そんないけぶくろせんぱいを見ながら、しんじゅくせんぱいとこくぶんじせんぱいがためいきまじりに言った。
たしかにせんぱいたちの言うとおり、ここさいきんせいぶはポツポツと じみなひがいにあっていた。



「──あー、くっそ! イライラする・・・」



くつのかかとをカツカツとならしながら入ってきたいけぶくろせんぱいが、ソファーにどっかりとこしを下ろす。

まえがみをかき上げてぐしゃぐしゃとかき回すそのようすに、「あ、ひさしぶりにせんぱいの左目を見た。」なんて、
ばちがいなことを思ってしまった。



「おい、西武有楽町!」

「・・・えっ? あ、はい!」



きゅうになまえをよばれ、ぼんやりとしていたぼくはあわててせんぱいのそばにかけよった。



「コーヒー。」

「え?」

「コーヒーだ、そこのメーカーでボタン押せば出てくるだろう。一杯持ってきてくれ。」

「・・・でも、こんなじかんにコーヒーなんて・・・ねむれなくなっちゃいませんか?」

「怒りでこんなに目が冴えている時に眠ってなどいられるか!」



おおごえでどなられ、ぼくは「ひっ」とみをすくめた。

ふだんからクールで けっしてベタベタとしたやさしさをもっているとも言えないせんぱいだけど、ここまでおこるのは
そうなんどもあることではなく、なれないぼくはそれだけで なきそうになってしまう。



「おい池袋、西武有楽町に当たるんじゃねーよ。コイツだって随分被害こうむってたんだろ?」

「・・・フン、偉そうに。我関せずでのうのうと走っていた貴様は黙っていろ。」

「何だと・・・!」



ぼくをかばってくれた しんじゅくせんぱいのひとことがかえっていけぶくろせんぱいの火にあぶらをそそいでしまい、
ふたりは見るまにつかみ合いの大げんかになった。



「わぁ! や、やめてくださいー!」



もうしわけなさにふたりのあいだへわり入ろうとすると、こくぶんじせんぱいと はいじませんぱいに「危ないからお前は
下がっていろ」とうしろへ のけられてしまった。



「・・・わ、わ・・・!」



せんぱいたちもとつぜんの大げんかにあせっていたのか、思いがけずつよいちからで おされたぼくはふらふらとうしろへ
よろめき──どん、と、なにか かたいようなやわらかいような・・・それでいてあたたかいものにぶつかった。



「よう、坊主。どした?」



かおを上げると、どこかで見たような・・・でも見なれないおじさんが、そこには立っていた。

あたまにタオルをまき、あごにぶしょうひげをはやした こうじげんばの人みたいなそのおじさんは、どう見てもせいぶの
にんげんではなかった。


あやしいやつ。 でもなぜかわるい人という きはしない。

たとえるならば「おとうさん」ということばのにあうような──なんて言ったら、せんぱいたちにおこられるかな?
せいぶにとっての「おとうさん」は、だれにきいても『つつみかいちょう』だもんね。



「・・・おじさん、だれ?」

「んー? おじさんは『秩父鉄道』ってゆんだ。『秩鉄』って呼んでくれな?」

「・・・ちち、てつ・・・?」



そう 名のったおじさんは、大きなてのひらでぼくのあたまをポンポンとなでると、ぼくに向かってうつむいていたかおを上げて
とっくみ合いになっているせんぱいたちのほうを見やった。



「おーおー、こりゃ随分威勢がいいなぁ。」



おじさんはぼくのかたをつかんで ずいっとよこへやると、こくぶんじせんぱいと はいじませんぱいのこともおなじように
ぐいぐいとおしのけ、さいごに いけぶくろせんぱいのむなぐらをつかんでいた しんじゅくせんぱいの手をひきはがした。



「まぁまぁ、その辺にしとけィな。」

「・・・な、貴様! 何故ここにいる!?」



おしのけられたせんぱいたちの だれよりもさきに、いけぶくろせんぱいがおどろいたようなこえを上げる。



「ここは西武の宿舎だぞ。部外者が、一体どうやって入ってきた!」

「あん? ・・・いや、池袋が荒れてる、って西武秩父が言うからよォ、付いて来てみたんだよ。」

「・・・何? 西武秩父、貴様また余計な事をしおって!」



いけぶくろせんぱいのかおが ぐるりとこちらへ向き、その口がまたどなりちらす。

「なんでぼくにー!?」とわけが分からずおびえていると、ぼくのはいごにあったドアから せいぶちちぶせんぱいがひょこりと
かおを出していた。



「またまた〜、嬉しいくせによォ。」

「誰が嬉しいものか。こんな泥臭い田舎者をこの神聖な西武の宿舎へ入れるんじゃない!」



ひどい言いようだ。

すくなくともぼくは いっしゅんでもちちてつの事を「おとうさん」とか思ってみてしまったというのに・・・。


たてつづけにぎゃあぎゃあとものを言ういけぶくろせんぱいをとおくに、そんなことをかんじてしまうぼくはなにかおかしい
のかと かおをあかくしながらうつむいていると、せいぶちちぶせんぱいがゆっくりとあるきながらぼくのとなりにやってきた。



「お疲れ、有楽町。」

「ゆうらくちょうはメトロです。ぼくはせいぶゆうらくちょうです。」

「ん? ・・・あ、そっか。悪ィ悪ィ。」

「・・・え、あ、いや・・・す、すいません!!」



ぼんやりとしていたせいで思わずせんぱいに向かってぶれいなことを言ってしまい、ぼくは慌ててぶんぶんと手を前で
ふりつつ、なんどもあたまを下げた。



「いやいや、いいって。殆ど会わねェくせに先輩ヅラしてる俺の方がよっぽどだで。」

「そ、そんなことないです! そんなこと・・・・・・あ、」



もしかしてあのおじさんも、ぼくがしらないだけでじつはすごい人だったりして。

だってせんぱいたちのことをあんなにひょいひょいどけていって、こうしていけぶくろせんぱいにひどいことを言われても──
そのおじさんはニコニコとわらいながら、みょうにたのしそうに、せんぱいに向き合っていた。



「せんぱい、あの・・・ちちてつ・・・さんって、なんなんですか?」

「え?」

「だって、いけぶくろせんぱい・・・あんなにおこってるから なかわるいのかな、って思ったら、でも・・・ちちてつさんは、すごく・・・
たのしそうだし・・・」

「あー、あれなー。」



せいぶちちぶせんぱいはとおくのふたりを見てしばらく「ふふふっ」と笑うと、大きな背をかがめて ぼくの耳もとにささやく
ようにしゃべりはじめた。



「俺は仲良いだろと思ってんだけどよォ、池袋はそれ言うと怒んだよ。アイツぁ堤会長一番っつーガチガチの頭してっから、
『自分が何かに靡いてる』なんて状態ってのは、きっと気に入らねんだろうなぁ。」



むずかしいことばでいっきにしゃべられて りかいできずにきょとんとしていると、せいぶちちぶせんぱいはそんなぼくに気づいた
のか、小さく笑ってこんどはゆっくりとことばをつづけた。



「ま、そんな事はどっちだっていいんだけど──なぁ、池袋見てみろよ。」

「・・・? さっきから見てますけど?」

「ずっと喋ってるだろ。秩鉄に文句ばっか言って。」

「だからそれがどうしてなんですか、ってきいて・・・」

「もう暴れてねェだろ、アイツ。」

「え? ・・・・・・あ。」



いけぶくろせんぱいは うでをくみ、ちちてつにガンをとばして、いらだたしげにつまさきをトントンと床にうちつけ、でも──
もう かんようしょくぶつをけとばさなかった。あたまをかきむしらなかった。しんじゅくせんぱいにも、すぐ目のまえにいるちちてつ
にも、つかみかからなかった。



「西武秩父ごときに何を吹き込まれたか知らんがそんな事でフラフラ出歩いて、田舎者は暇なものだな。」

「暇かどうかの問題じゃなかんべ。お前ん事が心配だったからこうして来ようと思ったんじゃねェか。」

「誰がそんな心配をしろと頼んだ。人を案ずる前にこの雨で土砂崩れの心配でもした方が賢明じゃないか?」

「池袋は優しいなぁ。でもちゃーんと土嚢積んでから来たで、心配ねェぞ。」

「あーあーそうですかそりゃよござんしたなー!」



ちちてつはおなじようにうでをくみながら、でも思いやりにあふれたことばと みをとりまくそのふんいきで、いけぶくろせんぱいを
つつんでいた。



「こういう事ができっから、俺は秩鉄連れて来たんだで。」



分かるか?


やさしく といかけるせんぱいのこえに、ぼくはこくりとうなずいた。



「池袋、もうあんま気にしねーで今日はさっさと寝ちまったらどうだ。新しい一日の始発迎えりゃチャラだィな。」

「・・・軽々しく言いおって・・・。どうせまた明ければ新たな事故が起こるだけだ。」

「んーな事言うなィ。 ──雨もじきに上がる。そうすりゃ明るい休日だで。」

「・・・そうか、そういやもう土曜か。」



いけぶくろせんぱいの目がちらりとカレンダーに向けられる。



「8時の直通出るまで、俺がここに居てやらィな。」



すうじをおっていたせんぱいの目が いっしゅんすこしだけ見ひらかれ、そのうごきをとめた。


ちちてつは、やっぱりこどもを見まもるおとうさんのようなおだやかな目で、せんぱいを見ていた。



「・・・無用だ。」

「いんや、もう今から帰んのも面倒だしよォ、今日は泊めちくれィな。」



ちちてつがあくびまじりに のびをすると、いけぶくろせんぱいがふりかえった。

そのほっぺは、あかくなっていた。



「貴様を泊める部屋などない!」

「おー? こんなデケェ建物だから部屋なんて有り余ってると思ったんだけんど・・・」

「じゃ俺んトコでもいいでー。」



はいはーい、とせいぶちちぶせんぱいが手をあげる。

そのことばに いけぶくろせんぱいは またすこし目をまるくして、なにか言いたげにモゴモゴと口をうごかした。


分かったぞ、ほんとうはせんぱい、ちちてつにきてほしいんだ!
じゃあここはぼくがなんとかしてそっちにはなしをもっていかなきゃ!



「あ、あの! ぼく、きょうはせいぶちちぶせんぱいのおへやいきたいです!」

「へ?」



びしっと手をたかくあげてあぴーるすると、それを見たせいぶちちぶせんぱいは「あー・・・」とつぶやきながらポリポリとほっぺを
かいた。



「そっかー、流石に3人じゃ狭すぎらィなぁ。」



だよね、だよね! これでちちてつは いけぶくろせんぱいのおへやに・・・



「あ、じゃあ西武有楽町が俺んトコに来て、その部屋に秩鉄が泊まりゃいんじゃねーか。」

「・・・あ!」



しまった。 いくらなんでも『こしつ』をまえに『あいべや』は かてないじゃんか!



「あ、あの、ちがうんです! そういういみでいったんじゃなくて、あの・・・!」

「──あー、色々調整してくれんのはありがてンだけどよー、」



またも慌てて手をぶんぶんしていると、ちちてつがこまったようにわらいながらあたまのタオルをなでた。



「俺ァ池袋が心配だからよ、こいつの傍に付いてられんなら部屋ン前の廊下でもなんでもいいで。」

「・・・なっ・・・!」



ふあんげだったいけぶくろせんぱいのかおが、さらにぼおっとあかくなった。



「気持ちの悪い事を言うな! 貴様はストーカーか!」

「あん? だったら中ァ入れちくれりゃいいじゃねーか。」

「論理がおかしいだろ! ・・・もういい、時間の無駄だ、馬鹿らしい。」



きゅっ、と くつぞこをならし、いけぶくろせんぱいがずんずんとこっちへあゆみくる。

ぼくのとなり、ひゅうっと くちぶえをならすせいぶちちぶせんぱいのよこをすりぬける時にすこしだけしせんをよこして──
すぐにそらし、「フン」、と はなをならしてラウンジをでていった。


せのひくいぼくとは目が合わなかった。



「・・・なんだよ、言うだけ言って勝手に一人抜けやがって。」



しんじゅくせんぱいがつぶやく。

いけぶくろせんぱいとちちてつの長い言いあらそいをきいたあとでは、つい数十分まえにもきいたはずのそのこえが、ずいぶん
ひさしぶりのようにきこえた。



「・・・秩父鉄道、」



こくぶんじせんぱいも ほっとしたように口をひらく。



「後は追わんのか?」

「んー、すぐに行ってもまだ気ィ立ってんべ。 も少ししたらそっとノックでもしてみらィな。」

「──ったくすげーよ秩鉄は。」



せいぶちちぶせんぱいが言い、ちちてつのかたにひじをおいて かんぷくしきったようにうなだれた。



「お前が居りゃ西武鉄道は安泰だで。」

「そんな大層なモンじゃねーやィな。俺ァただ池袋が元気に走っててくれりゃァ、それで幸せなだけだ。」



フッとちいさくわらい、ちちてつがぼくにしせんをうつす。



「坊主、さっきはありがとな。」

「え?」

「気ィ遣ってくれてたろ。俺が奴んトコ行けるようにって。」



──すごい、この人はやっぱりただのおじさんじゃなかったんだ。

あんなどうしょもないぼくの こうどうも、ちゃんと分かっててくれたんだ。



「・・・でも、子供はそんな気ィ回す事ァねーで。あとはおっちゃんに任しとけ。」



グッ、と左手のおやゆびを立て、ちちてつはゆっくりとあるきだした。

雨とどろによごれた よくはきこんだブーツのそこが、いけぶくろせんぱいとはまたちがったおとで、きゅっとなる。


ちちてつがドアの向こうに きえ、それを見おくったほかのせんぱいたちも きんちょうがとけたようにそれぞれじぶんの
へやへ ひき上げていく。

ぼくもそのながれにのって あとをおいかけ──ふと立ちどまり、くつぞこをならしてみた。



かしゅっ、かしゅっ。



かたそうなかわいたおと。
せんぱいやちちてつのように、かっこいいおとは ならなかった。



(ぼくももっとはしって、もっと雨に当たらないと・・・かな。)



そして、あんなすてきな人になるんだ。



「あんなすてきな人」が だれかって?


それを言ったら、またせんぱいにおこられちゃうかもしれないから──言わないでおこうっと。




(完)



───────────

秩鉄の餌食がまた一人ここに誕生しましたよ。(どーん)

さらっと書くつもりが無駄に長くなったけれど、池袋のツンデレっぷりと秩鉄の男前っぷりが書けたのでいいんだ!


西武秩父と西武有楽町が何気にいいコンビになりそうだなーなんて思ったり。

自分設定の中ではこの二人が今後秩鉄×池袋の愛のキューピッドになりそうな予感です。(笑)