レールの上ですれ違うお前を見るたびに

俺はその目を離せなくなるよ






  桜色に染まる 






夜も更けた小手指車両基地で、そいつは一人ぽつんと体育座りをしていた。



「6000系」



その背中に呼び掛ける。

項垂れていた頭が振り返り、色素の薄い髪の毛からピンク色の花びらがはらりと散った。



「・・・何?



眠たげなぼんやりとした双眸が背後に佇む俺を見上げ、脇に立っていた電灯の明かりにすっと細められる。



「お前──大丈夫かよ?」



両膝を抱えて丸く弧を描いた背にそっと触れると、それで揺れた肩からまた少し花びらが零れ落ちた。


6000系の体には、頭から靴の先まで──芝桜の花が咲き乱れていた。



「あんまり触るなよ。まだ今月いっぱいくらいは・・・咲かせとかなきゃならないんだから」



力なく呟きながら俺の手を避けるように奴は身じろぎ、深い溜め息を一つついた。

さっきよりもずっと丸くなったその背中に、俺は胸の奥が何か苦しく塞がるのを感じた。



(6000系が──また陵辱された)



『羊山公園 芝桜の丘』

今やすっかり秩父の観光名所として知れ渡ったスポット。その集客に、我が社も臨時でダイヤを増やすなど力を入れて
いるこの時期。 6000系の体は、その宣伝の為にラッピング広告を施されたのだった。


一つ一つは小粒なれど、鮮やかなピンク・ブルー・白などの種類を持つ芝桜の花。
その圧倒的な存在感に、奴の光沢あるシルバーのスーツは覆われた。


こんな役回りは、何故かいつも奴に負わされる。

少し前はスタンプラリー企画でケロロ軍曹のヘッドマークをべたりと額に貼られ、漸くそれを取ることが許されたと思ったら
そんな矢先の──この仕打ちだ。


決してお祭り人間ではない、むしろその雰囲気も走行音も物静かな印象である6000系がこんな姿にさせられるその心中は、
察するに難くない。

それに今回の広告は、何も芝桜だけではなかった。



「6000系」



完全に膝へ埋められてしまっていた顔を上向かせると、それで足から離れた奴の胸の辺りに、編笠を被って杖をついた白装束の
人間のイラストがちらりと覗けた。


『秩父札所総開帳』

この時期、芝桜と並んで一押しされる秩父の観光行事である。



「・・・9000系」

「ん?」



漸く俺の名を発してくれた6000系の口元に、俺は柔らかく笑みを浮かべながら耳を寄せた。



「これ・・・やだ」



スーツの襟、ネクタイ、ボタンにまで掛かるほどにでかでかと貼り付けられたそのステッカーを、ほっそりとした奴の手が
つまみ上げる。



「俺、秩父なんか行ったことねーのに・・・」



その通りだった。

奴の主な走行区間は池袋線と新宿線。
華やかな都市を走り続けてきた奴にとって、いくら有名なイベント事だろうと田舎臭いものは余程屈辱感が増幅するのだろう。



「こんなん4000系の奴に貼ればいいのに・・・何で・・・俺に・・・」



ついにはその目に涙を浮かべて打ち震え出してしまった6000系の肩を、俺は堪え切れずに抱き締めた。



「9000系・・・花が、潰れる・・・」

「そんなん知るかよ」



4000系。
白いボディーに三色の西武カラーを纏う、主に西武秩父線を主として走るクロスシートを備えた観光車両。

確かに秩父の宣伝をさせるならば奴に託すのが道理かも知れない。 しかし──



「・・・なぁ6000系、秩父の事は、西武秩父沿いの人間なんか、もう皆知ってんだよ」



だから、都市を走るお前のような奴が──まだその存在を知らない遠方の人間に、教えてやらなきゃいけないんだ。
辛いかも知れないが、それは我が社にとってどれだけ重要で誇りある任務だと思う?


地べたに座り、全身で包み込むように奴の体を抱き寄せその耳元へ囁くようにして諭すと、それでも奴は口をへの字に曲げて
俺から顔を背けた。



「だったらお前がやればいいじゃんか。9000系だって・・・俺と同じトコ走ってんだろ?」

「それはそうだけど・・・」



できることならそうしてやりたい。けれどそれは己の意思で決められる事ではない。

俺は少し言い淀み、舌先で唇を軽く湿してから続けた。



「今や西武のコーポレートカラーは青だ。俺みたいな黄色は・・・もう段々、下火になってきてんだよ」



自嘲気味に笑ってそう言うと、6000系は僅か焦ったように俺へ向き直り、薄ら寂しげな眼差しを寄越した。



「そんな──そんな事ないだろ? 俺なんかより、お前の方がずっと──」

「6000系」



言いながら俺は奴の唇を己のそれでそっと塞ぎ、フォローするようにまくし立てるその言葉をやんわりと押し止める。

触れた瞬間、その髪の毛からまたはらりと花びらが舞い散った。



「俺はいいんだ」



唇を離し、再びその耳元に囁く。



「俺はもう十分、いい思いを味わってんだから」

「え・・・?」



頬を染めた6000系が不思議そうな視線をちらりと向ける。

その透き通った眼差しに俺は少し胸が痛み──でも言葉を続けた。



「お前がそうやって必要とされて、活躍してんのを見るだけで俺は幸せなんだ。それに──」



果たして告げるべきか戸惑ってまた少し言葉を切り、しかし言う事にした。



「こうして苦しんでるお前を慰めてやれんのも、嬉しいって──思っちまうんだ」



腕の中の体が僅かに身じろぐ。



「・・・酷いと思うだろ? ずるい奴なんだ、俺は。それでもお前の傍に居たいって──わがままな事、考えてんだ」



あーあ・・・とんだ偽善者だよ、俺は。


完全に嫌われた。もうどうにでもなれと──俺は視線の先、うなじの辺りに咲いた芝桜の花弁へ鼻先を寄せた。



「・・・9000系」



それでもか細い声に名を呼ばれ、恐る恐る顔を振り向けて視線を交わす。



「別にずるくないよ。俺だって・・・」

「え?」

「・・・待ってたんだ。お前のこと」



見せ付けてるんだ、いつも。
苦しい、って顔して、待ってるんだ。お前が心配して来てくれるのを。


遠慮がちなその告白に、しかし俺は──「嘘だ」と思った。

苦しんでいる「フリ」なんかじゃない。奴は本当に、毎度苦しいはずだ。辛いはずだ。
そんな演技ができるような、裏のある狡猾な奴じゃない。


奴は本当に素直で、純粋で、だから──俺には、こんなにも眩しく映るんだ。

でも──



「・・・行くさ。いつだって、何度でも」



お前が俺を求めてくれていること。それだけは本当だって、信じちまってもいいかな?



「9000・・・」



感激した6000系が涙混じりに呟き、自ら俺にもたれ掛かる。

肩口に預けられた頭からふわりと甘い香りが流れ、夜気に混じって鼻腔をくすぐられた。



「・・・よしよし。シーズン終わるまで、もうちょっとの辛抱だからな?」



あやすようにその頭をポンポンと撫でると、奴はくぐもった声で「うん」と答え、額を肩につけたまま頷いた。


いつの間にやら眠りに就いてしまった幾回りか小さいその体は、それでも夜が明けると俺の腕を離れて立ち上がり、また
走り出した。

桜色の頬に、はにかんだような笑顔を残して。




(完)



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初書き車両擬人化でした。 時期的にもうギリギリ(見頃終わった?)の芝桜ネタで。
砂を吐くほど甘い古典的なBLでごめんなさい。 6000系を弱々しくしすぎ・・・た・・・かな?

でも彼は本当にしょっちゅう陵辱(=ラッピング)されるので仕方がないと思います。
もう無自覚だろうがMなんだと思います。彼は。


相手が9000系なのは何となく労働量が同じくらいだからかな・・・?と。
機械的なアレとか構造的な事とかは何も考慮していないのでどうぞフィーリングで読んでいただきたいと思います。

よって体格差も根拠の無いイメージです。
実物で特別9000系の方が大きいという事もないと思いますが、擬人化では身長差20cmくらいあってもいいかな、と。(←それはありすぎでは)