☆小説サンプル☆
ミツバ殿が逝った。
総悟に固く手を握られ、道場時代からの古参隊士達に見守られて。
その中に、多分に漏れず今までずっと一緒に居て──つい先刻、共にここへ到着したはずのトシの姿が
見受けられないのに気が付き、俺はそっと病室を抜け出した。
一旦玄関まで下りてから、一階一階、ひっそりとした病棟を探っていく。
終に屋上まで行き着き、弾んだ息を整えながらドアを押し開けると、目の前にはだかる貯水タンクの前に
特徴的な銀髪を夜風に靡かせる見慣れた姿が座しており、俺は足を止めて後ろ手にドアを閉めた。 (壱・長より)
夢を見た。
もう遠い昔の事のように感ぜられる、武州に居た頃のとある初夏の日の夢を。
「十四郎さん」
一足先に稽古を終えた俺が井戸端で水を浴びていると、庭の端にミツバが現れ、俺が顔を上げるや否や
嬉しそうにこちらへ歩み寄って来た。
「十四郎さん、これ・・・」
その手には白地に水色の千鳥模様が幾つも染め抜かれたガキ臭い手拭いが握られていた。 (参・次より)
夢を見た。
道場を挙げて江戸へ行くという話が本決まりになった事を受けて、脇目もふらず全速力で走って帰り、
姉上に意気揚々とその話を語った日の夢を。
「ただいま戻りました!」
「どしたのそーちゃん、そんなに息切らして・・・」
「姉上、僕達江戸へ行く事になったんでさァ!」
「江戸?」
板の間の囲炉裏の前で洗濯物を畳んでいた姉上の手が止まり、驚きで真ん丸く見開かれた目が
自慢げに笑う俺の顔をしげしげと見つめた。 (参・三より)
※実際にはフォントサイズ9の縦書き二段組になります。
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