心に浮かぶ、このモヤモヤも

貴方が居れば






  疲レタ   






暮れゆく空を眺めながら、俺は鎖に僅かに錆の浮いたブランコをキィ、と揺らした。


期末試験の最終日を終えて半日で学校から退ける事になった俺は、勲に誘われるままにファストフード店で昼食を摂り、そのまま
CDショップだのゲームセンターだのをハシゴして、苦痛の──いや、俺は特にそう感じてはいないが、勉強の苦手な勲にとっては
魔の日々であるような──試験期間から解放された清々しさを存分に味わった。


そして、今──



「ちょっと待ってろ、何か飲みモン買ってくる。」



そう言って公園近くのマンションの入口にある自販機へと駆けて行った勲を待ちながら、一人残された俺は久方振りに腰を下ろしてみた
ブランコを所在無く揺らしていたのだった。



(疲れたな・・・)



ふと思って、深く息をついた。

試験終わり早々にあちこち連れ回された事に、ではない。
もっと個人的な・・・というか、自己満足のために無駄に張り切ってしまったここ数日のせいで。


几帳面すぎるほどに細かく要点を書き記したノートをコピーし、それに眠気が一気に吹き飛びそうな色とりどりの蛍光ペンでアンダー
ラインを引きまくった代物を、俺は夜な夜な作り続けていたのだった。

繰り返し繰り返し幾度も読み直し、単語一つ一つに赤ペンで詳しい説明を施してはまた一から読み直した。

自分の頭が悪いんじゃない。 勉強嫌いな愛しいその人が、一読しただけで理解できるように。
カツカツの成績を誇るその人が、来る春の桜と共に進級できるように。


別に頼まれた訳じゃない。
喜ばれたいのでも、感謝されたいのでもなく、ただ、変わらずその人が傍らに居てくれることを望む。

そんな己の傲慢のために、俺は今日まで睡眠時間を削ってきたのだ。



(遅ェなぁ、全く・・・)



気を抜くと瞼が下りてきそうになる目を両手で擦って、リュックのように背負った学生カバンの肩ひもを直す。

俯きながら地面の砂をスニーカーの底で弄っていると、やがてタッタッタッ、と軽い、しかし存在感のある足音が耳に届き、俺は顔を上げた。



「悪ィ悪ィ、お待たせ〜。はい、甘酒。」

「何でだよ。」



目の前に差し出された梅柄の赤い缶に、俺は思わず眉間に皺を寄せた。



「え〜、だってあったかいし。・・・別のが良かった?」



言いながら困ったように眉を下げる勲のもう片方の手には同じく甘酒の缶が握られていて、選択の余地が無いことを悟った俺はブランコから
立ち上がり、引っ込めかけられたその手から缶を取った。



「いいよ、コレで。ありがとな。」

「おう!」



途端にパッと笑顔が戻ったその人と共にベンチに腰を下ろして缶のタブを起こすと、小さな銀色の口から甘い湯気が立ち上った。



「じゃあテスト明けを祝って乾杯♪」



勲が缶の口同士をぶつけ、かつん、とスチールの鈍い響きが手に伝わった。



「・・・祝うも何も、ちゃんとできたんだろうなー?」

「んー、まぁ・・・ねぇ、そりゃあ・・・」



帰りのホームルームの時からずっと避けてきた話題を口にして意地悪げに顔を覗き込んでみると、勲は言葉を濁しながらすい、と目を逸らした。



「勲が後輩になるとか嫌だかんなー? そんなデカいナリして。」



甘酒を一口飲んで顔を振り向けると、くしゃ、と前髪に指が絡まった。 勲の太い指が。



「ま、多分大丈夫でしょ。俺なりにこれでも一応やるだけの事はやったし〜。」

「・・・っ、ちょ・・・分かったよ。」



くしゃくしゃと髪を撫でてくる手を振り払ってまた甘酒を一口飲むと、下ろした手を缶に添えて俺を見つめる勲の目が、真剣な色になっていた。



「・・・いつも悪いな、トシ・・・」

「・・・別に、俺が勝手にやってるだけだし。」

「でも・・・普段から大変だろ、ノートとか。」

「それは性分だ。もう慣れてるし・・・」



言いながら、俺は苦笑する勲の横顔に、ある事を思ってしまった。

良かれと思ってしていた自分の行為が、毎度毎度、勲に変な恩を与えてしまっていたのではないかと。
そしてそういう義理に真面目な勲は、その度に俺に対してすまなく思っていたのではないかと。

それもそうだ。
俺はいつも勲が自主的に勉強しようとするより先に、勝手に心配して、あれこれプリントを託して、知らず、「これをやっておけ」という
ノルマを与えてしまっていたのだ。



「・・・トシ?」



急に黙りこくってしまった俺を不審に思ったのか、勲が再び髪に手を伸ばし、優しく指で梳いた。

殆ど日が落ちて街灯も点いた公園付近はひっそりと静まり、勲が髪を弄るさらさらという音がやけに大きく聞こえた。



「・・・ごめん。」

「え、なんで謝るの?」



心底分からないといった口調で勲が問い返し、手が頭から離れた。



「なんか・・・色々余計な手出ししちまって・・・」

「え、余計って何が?」



頭から離れた手が肩に回り、きゅ、と力が込められた。



「トシ・・・どした?」



カタン、と缶が木製のベンチに置かれる音がし、缶から離れた勲の温かい手が頬に触れた。


それで初めて、俺は自分が涙を流していた事に気が付いた。



「大丈夫か? 腹でも痛い?」

「・・・ちが・・・」



何してんだ俺は。

これ以上勲に変な気負いを与えたくないのに、勘違いさせ、不安を抱かせてしまっている。



「・・・ごめ・・・なんか疲れてんだな。気にしねーでくれ・・・」



照れ隠しのように笑って見せ、俺は濡れた目を拭い、冷めかけた甘酒をゴクゴクと半分ほど飲み下した。



「・・・トシ、」

「ん?」



名を呼ばれて笑みを作って振り向くと、勲の表情はまた真剣味を帯びたものになっていた。

長年付き合ってきているが、この表情、結構ヤバイ。
今や親友以上の関係になっているけれど、そういう意味で見ても尚更ドキドキしてしまう。 男前がランクアップするその表情は。



「・・・何?」



凛々しい表情のまま何も言わない様子なのを促すと、勲は左隣に座っていた俺の右袖をつまみ、ぐいと引っ張った。



「・・・っ!?」

「疲れてんなら──」



バランスを崩して肩に預ける形になった俺の頭を、勲の大きな手がそっと包んだ。



「疲れてんなら、いつでも俺に寄り掛かっていいんだからな。」



語尾に疑問符の無い毅然とした言葉に、俺はまた目頭が熱くなるのを感じた。



「何のために俺がこんなデカいナリしてると思ってんだ。ただの筋トレマニアじゃねーぞ。」



強い口調で、でも触れてくるその手は優しくて、顎まで伝った熱い水滴は、次々と勲の学ランに吸い込まれていった。



「俺・・・頭はトシに頼んねェとどーしょもねーけど、体なら、いつでも支えてやっからな。」



ああ、ああ、分かってる。 俺は何度も頷いた。


男の割に貧弱なクセして妙に強がる、そんなタチの悪い俺を、それでも勲は支えてくれていた。
あまりにも自然に軽々とやってのけるので、俺が気に留めていなかっただけで。

俺の原動力はいつだって勲の存在で、体だけじゃなく精神面でも俺を支えてくれていたんだ。



「寒くねェか?」



勲は自分の首からスルリとマフラーを解くと、二つ折りになっていたそれを広げてストールのように俺の肩に巻きつけてくれた。



「もうちょっと休んだら・・・帰るか。」

「うん・・・」



甘酒の熱も手伝ってか、ぼんやりしてたらこのまま寝ちまいそうだ。



「・・・なんならおんぶしてやろうか。」

「それはいらねェ。」



涙のせいで鼻声になりながら答えると、勲がフフッと笑い、その肩が小さく揺れた。



「あー、もう星が出てきちまったなぁ。」

「ん? ・・・あ、ホントだ。」



頭を預けたままクルリと上を向くと、闇に落ちた空に、三つ四つ、白銀に輝くものが見えた。



「トシー、」

「んー?」



空を振り仰いだまま間延びした声を出すと、勲が傍らに置いていた缶の中身を一気にあおった。



「ちゃんと3年生になれたらさ、これからも頼むよ。俺中学ん時からホントお前居ないとヤバイから。」

「あー? そんな切羽詰ってたのか?」



言う割にはのんびりした性格だよな、と思い、俺は小さく笑った。



「いやいや、トシが優しいからつい甘えて気ィ抜いちまうのさ・・・」

「・・・いーよ、勲は・・・そのままで。」



お節介な世話焼きは、まだ当分アンタから離れてやるつもりなんかねーから。



こんなにも安らげる俺だけの居場所を与えてもらえるんじゃあな。





(了)




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えー、ありがちなネタでスイマッセーン。


トシたんはこんな風に勝手に行動して勝手に勘違いして勝手に傷ついていればいいと思います。(え)
いさおっちはそんなトシたんの苦悩などつゆ知らず、純粋に愛情アピールして無意識のうちに
トシたんを救ってあげてればいいと思います。


要はすれ違いながらもうまくバランスが取れてる二人が好きなんです。
そのつもりがなくても相手を刺激し合ってる感じがイイんです。

言葉が無くてもなんかラブラブできてればいいんですー。


ちなみに私は甘酒大好きですが市販のはただ甘ったるいだけなので飲めません。
家で作る酒粕たっぷり、でも甘い、そんなやつが好きです。