☆小説サンプル☆

「Trick and Treat」

今年もこの日がやってきた。
十月三十一日、午前七時。俺は朝日の眩しさに目を細めながら窓を開けると、まだ眠りに就いているであろう彼に
思いを馳せた。
ここに住み始めてからもう八年程経つだろうか。
持ち前の喧嘩っ早い気質のせいで魔法学校を追い出され、親にも勘当を食らった俺は、以後独学で魔法の勉強に
打ち込む為にこの閑静な山に建つ、二部屋ばかりから成る小さな空き家へ移り住んできた。
その空き家の隣には一軒の──と呼ぶにはあまりに巨大な、高々と聳える黒っぽい外壁の古城が建っていた。  (壱・陰より)


今年もこの日がやってきた。
十月三十一日、午後六時。俺は寝床である古い棺桶の中で目を覚ますと、まだ暮れ残る日の光を避けるようにカーテンを
細く開けた窓から赤い屋根の小さな家を見下ろし、その中でせっせと夕食の支度をしているであろう彼に思いを馳せた。
父親からこの城を受け継いでもう何年建つだろうか。
年に一度、十月三十一日のハロウィンの日に下界へ下りて吸う人間の血が、俺の命を支えていた。
毎年毎年、幼い頃から俺は山のふもとに住む欲望にまみれた汚い人間の血ばかりを吸うざるを得ずにいたのだが、そんな
生活ともおさらば出来そうな兆しが見えたのが、あれは八年程前だったろうか、隣の空き家に一人の魔法使いが住み始めた
時だった。   (弐・陽より)


「Can't live without...」

昨日から仕込んでおいたカボチャのスープを水筒に詰め、夕食に出そうと思っていたローストビーフを挟んだサンドイッチ
と共にバスケットに詰める。
シャワーと着替えも済ませて準備を整えた俺は、最後に幼い頃祖母から貰った十字架を首から提げ、マントを羽織って家を
出た。
歩いてほんの数十歩の距離にある建物なのに、一人でここまで近付くのは初めてだ。短い階段を一歩ずつ慎重に昇り、鉄製の
重そうな観音開きの扉の前に立つ。
「ごめんくださーい。」
一応の礼儀として声は掛けてみる。ノックもしてみる。
──と、ここにきて俺は漸く「鍵が掛かっているかも知れない」という可能性の存在に気が付いた。
山のふもとに広がるある程度栄えた村と違ってここは日地の行き来が限りなくゼロに近い為、俺は鍵を掛ける習慣を持って
いなかった。だがこんな伝統ある大きな城だと、さぞや大きく複雑な錠で閉ざされているとしても当然である。
(・・・どうか開いてますように・・・)
何の音沙汰も返ってこない城の扉に、確か去年イサオが開けた時は内開きだった筈──などと思い返しながらゆっくりと力を
込める。   (弐・陰より)


月光の降り注ぐベランダに愛しいトシを連れ出す。
あれから何度もトシを抱き、その温かい血を腹の底にまでたっぷり飲み下し、俺の心臓はまた一年の鼓動を始めた。
「うわー、高っけェ・・・」
先刻まで子供のように泣きじゃくっていたトシは、長く深い愛の営みにすっかり機嫌を直し、夜風に身を縮めながら俺を追って
外へ出ると、遥か下に見える赤い小さな屋根を指差した。
「こっからじゃ全然俺の事見えなかったろう?」
「ああ。でも・・・」
白いシャツに包まれた小柄な背を、今一度きつく抱き締める。
「それでも俺は、これからもずっと・・・ここで待ってるからな。」
お前の頬を、もう悲しみの涙で濡らさないように。
喜びの綺麗な涙を、またこの手で拭ってやれるように。
「・・・きっとだぞ?」   (肆・陽より)


※実際にはフォントサイズ9の縦書き二段組になります。








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