こんな寒い夜は

人肌恋しくなるよ






  爪






「トシー?」



障子の前に立って声を掛けた俺は、しかし庭から直に届く冷気に背を撫でられると、返答を待たずにその部屋──トシの居室に
体を滑り込ませた。



「おう、どうした?」



肩に羽織を引っ掛け、文机に向かって何やら書きものをしていたトシは、俺の姿を見止めると慌てたように口に咥えていた煙草を
灰皿に押し付けた。



「悪ィな、煙たくって。」

「いや、別に・・・仕事中だったか?」



俺は文机の上に散らばる「報告書」と銘打たれた書きかけの書類に目をやった。



「あぁ・・・別に急ぎでもねーし、平気だ。」



トシは放り出したままだった万年筆のキャップを閉めると、書類をファイルに投げ込みながら言った。



「それより、何か用があったんじゃねーのか?」

「あ? あぁ、いや・・・」



真面目に仕事をしていたトシを目の前にし、俺は自分がこうしてやって来た理由がひどく子供じみていることが後ろめたく思えて、
二の句を継ぐのをためらった。



「んーと・・・」

「大方、『一緒に寝ようと思った』・・・ってトコだろ?」



トシがにやにや笑いながら、立ち尽くしていた俺の顔を下から覗きこんだ。



「お、御名答〜♪」

「どうせそんなこったろうと思ったよ。」



トシは羽織に改めて袖を通すと、おもむろに立ち上がった。



「俺の部屋ァ煙草臭えからさ、近藤さんの方行っていいか?」



そっと袖を引かれ、俺はその手を取ると、足早に自室へと向かった。


冷気からトシをかばうように、片腕でその体を抱え込みながら。




*****




「電気消すぞ。」

「ん。」



部屋の明かりを落として布団にもぐり込むと、トシはすぐに俺に抱きついてきた。



「あ〜、あったけぇ・・・」

「その台詞は俺が言うつもりだったんだけどな。」



言ってトシの頭を抱き寄せると、その頭はモゾモゾと動いて俺を見上げた。



「なぁ、煙草臭くねェか?」

「何でそんな気にすんだよ。」

「だって・・・なんか雰囲気壊れねェ?」

「大丈夫大丈夫。トシの匂いだ・・・」



さらさらとした髪に顔をうずめてみると、枕元の行灯のほのかな明かりの中でもトシの耳が真っ赤になっているのが分かった。

たまに見せるこうした初々しさのようなものは、なかなか好きだ。


腰元を抱き寄せ、そっと足先を重ね合わせてみると、固く、ひやりとした感触が伝わってきた。



「! ・・・トシ、結構足冷えてんな。」

「そうか?」



自分ではさほど気にならないことなのか、トシは不思議そうな目をして俺を見上げた。



「トシって冷え性だったっけ?」



俺はトシの爪先を自分の足で包むと、温めるように擦ってやった。



「さぁ・・・あ、でも『手の冷たい奴は情に厚い』ってよく言うよな。」

「足もそうなのか〜?」



クスクスと笑いながらトシの手を取ってみると、その指先も同じように冷え冷えとしていて、俺は思わずその手をぎゅっと握り込んだ。



「オイオイ、トシお前どんだけ情に厚いんだよ・・・」

「ははは。」



心配と呆れの混じった言葉を掛けても、トシは依然として呑気に笑う。



(まったく・・・)



なんて思っても、俺は心のどこかでまんざらでもない気分を味わっていた。


肩の力を抜いて、無防備な笑顔を見せるトシの姿は、それだけで俺を満たした。

眉に力を込めてキリリとした眼差しを見せるトシもそれはそれで俺を誇らしい気持ちにさせてくれることはその通りなのだが、
俺だけに見せるこうした表情というのも、また格別の味がして。



「近藤さん、足止まってる。」

「ん? ・・・おお、スマンスマン。」



ぼんやりとしている間にトシの冷えが移りかけた足だったが、また擦り始めるとくすぐったさと共にじわじわと熱が生まれ始めた。


するとトシはまた満足そうな笑みを浮かべ、アザラシのように身を捩じらせて俺の胸元に顔をうずめた。



「よしよし。」



冗談交じりに子供をあやすように頭を撫でてやると、トシは無言で俺にぎゅっと抱きついてきた。


しかしいつもとは何か違う。 くっつきたい、というよりはむしろ「離すまい」とするような。



「・・・トシ?」



その微妙な力の変化にトシの顔を覗き込もうとすると、トシは顔をうずめたままボソリと呟いた。



「『曽根崎心中』・・・って、知ってるか?」

「え? ・・・ん・・・と、浄・・・瑠璃? だっけ?」



唐突な問いに、俺は自信なく途切れ途切れに答えた。



「それがどうかしたのか?」

「そん中でさ・・・」



トシの爪先が、俺の足の甲をするり、とかすめるように滑った。



「女が、縁下に居る男に足を触らしてさ、その動きで『心中しよう』って事を・・・告げるシーンがあんだよ。」

「へえ〜・・・」



トシの足が俺から抜け出し、今度は俺の足を包み込むように動いた。



「・・・え、何、トシ俺と心中したいの?」

「ちげーよ・・・」



恐る恐る訊くと、トシはぶっきらぼうに即答して俺の足を包む力を強めた。



「何て言ってるか分かるか?」

「え?」

「俺の足。何て言ってる?」



ゆっくり、けれど力強く、撫でるような動き。



「分かんねーの?」



きゅっと俺の足を包み、引き寄せるような動き。



「ずっと・・・」



俺は呟き、トシの中から足を引き抜くとかかとでその膝裏を引き寄せ、体ごとトシを包み込んだ。



「ずっと、俺と一緒に居たい・・・って。」



クエスチョンマークはつけなかった。 確信を込めて、トシに告げる。



「・・・ありきたりだな。」



溜め息が胸元に掛かった。



「でも、普段なかなか言わねーだろ、トシは。」



可愛い恥ずかしがり屋だから。



「わざわざ言わなくても・・・分かってんだろ?」

「そりゃあ当たりめーじゃねぇか。でも・・・」



そっと脛を絡ませる。



「分かってるって知ってて、やっぱり言いたかったんだろ?」



この足は。



温もりを帯びて、素直になった。



額に手を掛けて顔を上向かせると、素直になりきれないこっちの口はへの字型に堅く閉じられていた。


口付けて、顎に手を添えて開かせると、柔らかな舌は思いの外積極的に絡み付いてきた。



(これは・・・)



「・・・っは・・・」



唇を離すと、唾液の湿りが行灯に照らされて艶めいた。



「トシの舌の動き・・・」



睫毛に掛かる前髪をよけてやる。



「さっきの足の動きとおんなじ。」

「・・・っ!! もう寝ろ!」



きまりが悪くなったのか、トシは頭まで布団をかぶると、向こう脛に蹴りを入れてきた。



「って! なんだよ〜、さっきまで何かロマンチックなこと言ってたくせに・・・」

「知らん! もうさっさと忘れて寝ろ!」



照れちまって。


忘れねェよ。



トシが爪先に託したかすかな、だけど精一杯の想い、忘れるもんか。





(了)




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乙女トシキタ───!!!

もう25、6(推定)の男がする芸当じゃありませんよ。(死)
完全にロマンチックな乙女です。

でもまぁいいか。男はみんなロマンティスト(By新八)だもんね。(笑)


えーこれは1ヶ月ほど前にちょっと書きかけたまま放置されていたものを加筆・完成させたもの
なのですが、その頃劇中の『曽根崎心中』のエピソードを知ってやたらに萌えたのがきっかけで
書いたのだと思います。(笑)


しかしエピソードを聞いただけで実際にはそのシーンがどんなものであったのかよく知らないので、
まぁほとんど単なる「イメージ」で書いてしまったのですが〜。(ヲィ)


この後二人が素直に眠りにつけたのかは、御想像にお任せします。(笑)