今はまだ 今はまだ

この想いは 胸に秘めて






  交差するは密やかな願望   第1話






柳生との喧嘩に決着が付いた。

そしてそれは同時に互いの病院送りを意味し、俺達は揃って柳生の侍医を務める大きな病院に搬送されることとなった。



「トシィィィー!! お前大丈夫かその傷!?」



たかが額を割られただけというのに何故か顔中包帯でグルグル巻きにされてぼんやりと廊下の長椅子に座っていた俺の姿に、
様子を見に来た近藤さんが悲鳴に近い裏返った声を上げた。



「どうってことねーよ。」



そう言ったつもりが包帯の締め付けに阻まれて上手く言葉にならず、近藤さんは必死にそれを聞き取ろうと俺の肩を掴み、
口元に耳を寄せてきた。



「ん? 何だ? どっか痛いトコでもあるのか!?」



「・・・へーき。」



口を覆っていた包帯を指で押し下げて一言告げると、近藤さんは安心したように眉間の皺を緩め、俺の横にどっかりと腰を
下ろした。



「っ! ぬ゛お゛ぉぉぉぉぉ!!」



その途端、今度は本物の悲鳴と共にその大きな体が飛び上がった。



「ど、どうした近藤さん!?」



押し殺したように低く叫びながら尻を押さえて床に這いつくばってしまった近藤さんに、俺は訳が分からず慌てふためいた。



「尻がどうかしたのか? 椅子に何か落ちて・・・」

「い・・・いや、いや・・・大丈夫だ。ちょっとやすりが・・・」

「やすり?」



額に脂汗を浮かべながらへたり込んでいる体を抱え起こすと、近藤さんは改めて慎重に長椅子に腰を下ろし直した。



「何だよ、やすりって?」

「ん? あ、いや・・・まぁ・・・ハハハ。」



適当に空笑いをしてごまかすその人に、俺はさらに詰め寄った。



「答えろよ。尋常じゃなかったぞ今の反応は・・・」

「あー・・・その、まぁ『名誉の負傷』ってやつだ。」

「負傷? 一体誰に・・・」



自分の怪我なんかより近藤さんの身に災いの降りかかる事の方が余程心配で、俺は撫でるようにその体を探った。



「許せねぇ。アンタに怪我負わすなんざァ・・・」

「・・・トシ、」

「あぁ?」



怒りに苛つきながら顔を上げると、目の前のその人は駄々っ子のように頬を膨らませて俺をキッと睨み付けてきた。



「トシ達が俺を厠に置いていったからだろ! あの後大変だったんだからな!?」

「え・・・だって、先に逃げてたんじゃ・・・」



突然物凄い剣幕で怒り出した近藤さんに、立場の逆転した俺は小動物の如くビビリながら恐る恐る訊き返す。



「逃げたくても逃げらんなかったよ! 紙が俺を見離したんだあああぁぁぁ〜!!!」

「っちょ・・・はぁ?」



何が何だか分からないまま今度は一転、その人は俺に抱きついてわぁわぁ泣き始めた。

俺は益々混乱しながらもとにかくキョロキョロと辺りを見回し、誰も居ない事を確認した。
人の少ない救急病棟で良かった。 こんな図、関係者にさえとてもじゃないが見せられない。



「と、とにかく落ち着けって!」

「だって・・・だって・・・怖がっだよぉぉぉぉぉ〜・・・」

「いや、ちょっ待・・・オイ、鼻水・・・鼻水付いてんだけど・・・オイ!」



柄にもなく縋りついてくる巨体を突き飛ばすように剥がして濡れた胸元を袂で拭うと、近藤さんは涙を拭き拭き、ボソボソと
事の経緯を語り始めた。


厠で用を足したら個室の紙が切れていたこと。
他の個室の紙も全て切れていたこと。
色々あって万事屋と柳生のジジィと東条と4人で4つの個室から一歩も動けなかったこと。
金目・・・ならぬ紙目の物は無いかと探ったところジジィの見つけた紙やすりしかなかったこと。
駆け引きの末漸くそれを手に入れたら両面やすりでしかも思っていた3倍目が粗かったこと。
しかし万事屋とジジィはそのやすりでぞりぞり拭き始めたので自分も覚悟を決めたが、ふと懐に志村妙の写真を忍ばせていた
のを思い出したこと。
悩んだ末結局写真で拭くことはできずやすりを使ったこと。
そして痛みに耐えながら何とか東条の皿を砕いたこと。


──成程壮絶だった。 が、



「・・・俺なら志村妙の写真で拭いたな。」

「なんて事言うのトシ! それ本気!?」



半笑いでポツリと呟くと、しかし近藤さんは鬼のような顔をして吠えた。

そんなにあの女のこと・・・。 ちょっと傷つくぞ?



「・・・だ、だってもう一つはやすりだぜ?」

「じゃあトシはそれが俺の写真でもケツ拭くの!?」

「は・・・」



そんなの決まってんじゃねぇか。

胸を張って答えてやるよ。



「当然やすりだ。」

「だろー!?」



まじまじと顔を覗き込んでくるその顔が、ぱっと華やぐ。

この人はきっと、それが俺の写真でも、総悟でも山崎でも、間違いなくやすりを選ぶのだろう。


じゃあその中で誰が一番?


そんな不粋な質問はしない。
訊いたって、この人に困り顔を作らせるだけだ。 わざわざそんなものを見たがるほど俺は物好きではない。


そう、見たいと言うならば──



「・・・まぁとにかく、写真が無事で良かったな。」

「おう!」



懐から件の写真を取り出し、とろけるような笑顔が浮かぶ。



「良かったな、奴ら倒せて。ホッとしたろ?」

「あぁ。皆のお陰だ。 ただ・・・」



写真に目を落とすその顔が、僅かに翳る。



「こんな勝手な事しちまって・・・迷惑じゃないといいんだが。」

「そんな事ある訳ねーだろ。」



強い言葉で即答し、その不安を否定する。



「何も『結婚』なんて形取らせなくたって、あの二人は十分いい『親友』だ。それでいいだろ。」



気に病む事ァねーよ。

諭すように呟くと、その人はこわばりの解けた顔にふわりと笑みを戻し、手中の写真を大事そうに懐に仕舞った。



「・・・優しいなぁ、トシは。」

「あん?」



懐を出た大きな手が、頭に巻かれた包帯に伸びてくる。



「励ましてくれてんだろ?」

「別に・・・思ったままを言っただけだ。」



強がる俺を、その双眸はニコニコと見つめる。

思いを簡単に見透かされて、包帯越しに撫でられる頬が熱に染まる。

包帯がその色を隠してくれた事に、俺は静かに感謝した。



「なぁ、トシ・・・」

「ん?」

「折角気ィ遣ってくれてんのにアレなんだけどさ・・・」

「何だよ?」



名残惜しげに離れる指に、そっと自分の指を絡めてみる。



「これからもさ、ちょくちょくお妙さんトコに通ってもいい?」



その言葉に、頬の熱がスッと引いたのは──俺の意思を無視した本能の働きだ。



「当たり前だろ。何でわざわざ俺に断んだよ?」

「ん? ・・・あー・・・いや、なんとなく後ろめたいというか・・・」



分かってる。 こうして指を絡めるだけで、あんたの言いたい事は全部分かっちまうんだよ。



「安心しろよ。嫉妬なんかしちゃいねーからよ。」



余裕ぶって鼻を鳴らして見せると、近藤さんはフッと緊張を解いたように苦笑した。



「でも──こないだみてェにパンツ一丁で帰ってくるような金の使い方ァしたら・・・考えモンだぞ?」

「それはない! それはもうしません! スイマセンっしたー!!」



まるで王の命令を聞く下僕の如く深々と下げられた頭を、俺は掌で押し上げた。



「分かってんなら宜しい。せいぜいカモにされないように努めろよ?」

「ハイッ! 仰せの通りに!!」



包帯に隠れた殆ど表情の伝わらない顔でほのかに笑んで見せると、ビシッと敬礼を返すその人も輝くような
笑みを返した。


今度は──上手く騙せた、かな。


一仕事を終えて一服したくなり、懐に手を差し入れる。



「あ、トシ! 病院内は禁煙だぞ?」

「ちょっと銜えるだけだ。」



この胸に空いた僅かばかりの──「寂しさ」という名の欠落を埋められれば、さ。



「・・・トシ、」

「んー?」



銜えた筒の香りを、肺の奥深くまで一息に吸い込む。



「トシ、それ・・・花火だぞ?」

「ッ、ブハッ! ゲホ、ゲホ・・・!」

「ト、トシ!!」



・・・何だコレ?



「お前そんなモンどこで拾ってきたんだ?」

「・・・おっかしいな・・・? 柳生んトコで拾って・・・さっきは普通に煙草として吸えたのに。」



思い切り吸い込んでしまった火薬の匂いにむせながら呟くと、ふと、体が浮き上がった。



「え?」

「トシ、やっぱりちゃんと頭診てもらおう! 先生ェェェーー!!」



近藤さんの肩に担ぎ上げられた俺は、すぐさまMRI検査に送られた。

そして言うまでもなく、何事かと集まってきた万事屋やら総悟やら九兵衛やらにその姿を見られた。



「先生ェェ〜・・・トシを・・・トシを助けてやって下さいィィィ! あ、頭があああぁぁぁ〜・・・」



半泣きになってそんな懇願を繰り返す、近藤さんの哀れな姿を。


あーあ、どうやって取り繕おう。
それを考えて俺は頭が痛み出し、大人しく検査台に横たわって脳を切られてやった。


その間、愛しいその人は医者が「出て行け」と言うのも聞かずずっと俺の手を握って離さなかった。


あぁ、もう幸せだからどうでもいいや。





(続)


>>第2話へ



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どうでもいいや。 もう収拾付かなくなったから。(ヲーーーィ)


二人のキャラがコロコロ変わって読みにくかったろうと思います。ごめんなさい。
きっと2話目からもうちょっとマシな「いい話」になってくるだろう・・・と、思います。(予定)

果たしていさおっちは誰に振り向くか・・・? も、もう一目瞭然ですがこれからじわじわと語っていく予定です。


いさおっちはこの期に及んで何でお妙さんの元へ行きたがる!? トシたんが可哀想じゃないの!!

・・・とお思いになるかも知れませぬが、いさおっちは単純にお妙さんが戻ってきたのが嬉しくて嬉しくて、
「折角スナックすまいるに居るならまた何度でも会いたい」という衝動に駆られていたということで。

決して悪気は無いのですよ。 本能のままに動いてしまったというだけで。
んでトシはそんないさおっちの純粋な思いを尊重してあげたくて自らの思いを押し込めるという・・・。


健気なあんちきしょうだぜ。 誰か慰めてあげて下さいこの可愛そうな子を。

「きっとあの子、一人で泣いてるわ。」(Byサツキ fromとなりのト○ロ)←だっけ?


そのエピソードはまた第2話にて。