貴方と貴女の間で揺れるこの気持ちを

一体どうすればいい?






  交差するは密やかな願望   第2話






ケツが痛い。 ものっそい痛い。


俺は布団の中で、一人悶えていた。


原因ははっきりと分かっている。

昼間皆で病院へ行ったあの時、検査の結果トシの脳は異常なしと診断されてホッと胸を撫で下ろした俺は
足を折った総悟の休む病室へ入るや否や、隣のベッドを使っていたこちらは腕を折ったチャイナ娘と総悟が
いつものように戦闘を繰り広げている光景を目にした。



「ちょっ・・・お前らもー何回やったら気が済むんだ!」



チャイナ娘の保護者・銀時は傍らの椅子に腰を下ろしたまま呑気にジャンプなんぞに読みふけったままてんで
気にも留めていない様子だったので、俺はヒリつく尻をさすりながら仕方なく火花を散らす二人の間に割って
入った。


それがいけなかった。



「ほら、総悟女の子に手ェあげるんじゃないの!」

「止めてくれるなィ、コイツは女なんかじゃねーや。」

「あーもうチャイナさんもそんな足振り回しちゃ危ないから・・・」

「邪魔ネ! 下がってろゴリラ!!」

「うっ・・・!」



蹴り上げられたのだ。 チャイナ娘に。

あの、怪力のチャイナ娘の鋭い蹴りに。

やすりで痛めた、その尻の穴を。



「んごおおおおおおおおお!!!」



断末魔の悲鳴を上げて床にうずくまった俺に、二人は流石にビクリと戦闘の手を止め、不思議そうに俺を見下ろした。



「あん?」



銀時も鼻をほじっていた手を止め、ベッド越しに俺を覗き込む。

クソ、今頃もう遅ェっつーの。



「近藤さん!」



またも真剣に心配してくれたトシだけが俺の傍に駆け寄り、俺に代わって3人に拳骨を見舞った。



「何するネ、マヨ!!」

「俺を殴るなんていい度胸してんじゃねーですかィ。」

「ってーな、何で俺まで・・・」

「うるせェ! 近藤さんは・・・近藤さんのケツは・・・!!」

「ただいま戻りましたー・・・ってちょっとちょっと、何ですかこの険悪なムード!?」



あわや再び4人で戦闘の危機かと息を呑んだ時、使いに行っていたのか両手に大きなビニール袋を提げた新八君が
止めに入り、事態は何とか沈静した。


そしてその後、病院の厠でこっそりトシに患部に軟膏を塗って貰ったのだが・・・


枕元の時計を見ると、針は既に深夜1時を回っていた。

就寝前に風呂に入った後も自分で薬を塗ったのだが、あの衝撃は長々と尾を引き、ズキズキと心拍にも似た大きな
痛みが尻穴の周りを襲っている。



(やっぱりもう一回トシに塗って貰おうかな・・・)



一人尻に薬を塗るのは、なんだかとってもみじめな気持ちになるので。


トシはまだ起きているだろうか。

軟膏のチューブの入った「外用薬」と書かれた小さな紙袋を手に、俺は自室のすぐ隣であるトシの部屋に向かった。



「トシ〜、まだ起きてるか〜・・・?」



障子の前に立ち、小声で問う。


二、三度名を呼んでみても返事は無く、俺は少し迷った末、そっと障子を開けた。



「入るぞ〜・・・?」



月明かりの細く差し込む真っ暗な部屋に足を踏み入れると、壁側を向いて布団に横たわっていたトシの頭が小さく動き、
ゆっくりとこちらに向けられた。



「・・・近藤さん?」



包帯の外されたその頭は左目上辺りの額に大きなガーゼが痛々しく貼り付けられており、踏み入れた足が進むのを僅かに
躊躇させた。



「あ・・・の、トシ・・・」

「どうした?」



ゴシゴシと両目を手の甲で擦りつつ、トシが身を起こす。



「あ、悪ィ・・・寝てたか?」

「いや・・・」



半身を部屋の中に差し入れたままどうしたものかと迷っていると、トシがまた目を擦り──



「・・・トシ?」



その目尻が、月明かりに照らされてキラリと光った気がした。



「トシ、」



手中の紙袋を懐に収め、止めていた足を進ませる。
後手に障子を閉めて傍まで歩み寄り、俯き加減に沈むその顔を下から覗き込むと、トシは湿った息を小さく漏らした。


「・・・泣いてんのか?」



訊ねて、つまらぬ質問だったかな、と少し後悔する。

「泣いてるのか」と聞いたところで、たとえ本当に泣いていようが「泣いてる」なんて答えを返すような奴でない事は
分かり切っているのに。



「・・・何でもねぇ。」



ボソリと答えるその声は何でもないにしてはあまりに不機嫌な色を含んでいて、「やっぱり入るべき時を間違えた」と
今度は確信を持って後悔した。

しかしこういう時は下手に謝るとますます不機嫌になるという事は分かっているので、膝をついて素直に本題を切り出す。




「あ・・・あの、ちょっと頼みがあんだけどさ・・・」



暗い為ほとんど表情が分からないままおずおずと肩に手を置くと、トシは小さく呻いてその肩を竦ませた。



「・・・えっ、あ・・・ど、どした?」

「いや・・・」



背を曲げたまま曖昧な言葉を返すトシに心配になって傍の行灯を点すと、肌蹴た白い胸元に黒っぽい痣のようなものが
浮いており、俺は驚いてその寝間着を力任せに剥いだ。



「っ・・・!」



唇を噛んで痛みを堪えるトシの腹や背中に、幾つもの痣が散っている。

俺が手を触れた右肩は、行灯の薄いオレンジの光でもはっきり見て取れるほどの一際大きな赤黒い痣で覆われていた。




「お前、コレ・・・」



確かに、あれだけの戦いの中、頭の怪我だけで済んでいる筈は無かった。

俺がヤムチャのごとく新八君に過去の話を語っていた間も、厠で下らない心理戦を繰り広げていた間も、コイツは
必死になって戦っていたのだ。


己の矜持の為に、そして同時に俺の為──俺の愛する女性の為に。



「こんな・・・放っといたらダメだろ、ちゃんと冷やしたり」

「大した事ねェよ。」



帯の辺りでぐしゃぐしゃになった寝間着を羽織り直し、トシはぞんざいに答える。



「トシ、」

「何だよ。用があんならさっさと言えよ。」

「・・・何怒ってんだよ。」

「怒ってねェよ!」



やっと俺に向いたトシの目は、鋭く尖った光を放っていた。

浅い呼吸を繰り返す口元は興奮に震え、時折頬が引き攣る。



「怒ってんじゃねェかよ。」



俺はその体が痣だらけである事も忘れ、トシを抱き寄せた。

尻の痛みなんて、とうにどこかへ消えている。



「う・・・っ!」



呼吸もままならないのではないかというほどに強く抱き締めると、腕の中の体は苦しげに息を吐き、俺の背中に爪を
立てた。


それでも放してやらない。
時にこれほど強引な手に出ないと、こいつは本音を見せてくれないので。



「トシ・・・」

「・・・」

「何で言わねェんだよ。」

「・・・」

「何で隠すんだよ、いつもいつも・・・」

「・・・ぅ・・・」



流石に呼吸が苦しいのか咳き込み出したその体を緩めてやると、トシはぐったりと俺の胸元に体重を預けた。



「アンタだって・・・何で詮索すんだよ・・・」



肩で息をつく震える体から、掠れたか細い声が漏れる。



「知らなきゃそれで済むのに・・・何で知りたがるんだよ・・・」



呼吸に嗚咽が混じり、ポタリと着物を濡らす微かな音がした。



「何で放っといてくんねーんだよ・・・」

「放っときたくねェんだよ。」



そっと、今度はごくごく柔らかく、肩を抱く。

布越しに、痣が熱を持っているのが分かった。
興奮させたせいか胸に押し付けられる額も少し熱い気がして、俺はやっと申し訳ない気持ちになった。


都合のいいことばかり言っている、と思った。

移ろいやすいくせに、誰にだって愛想振りまくくせに、すぐにその場の勢いで、その時目の前にいる人間が
一番大切であるような言い方をする。


それが目の前の奴を傷付けてると気付くのは、いつだってそいつの気遣いに対して逆ギレした時なのだ。

自分勝手な、愚かしい勘違い。

優しさの押し付け。



「・・・放っといてくれよ。」



胸に預けられていた頭が離れ、代わりに宛がわれた二本の腕がゆっくりと、しかし力強く突っぱねる。

涙を収めるように深く一度呼吸をし、低い声がはっきりと言葉を紡いだ。



「・・・あの女んトコ、行けよ。」



俯いた額のガーゼを止めたテープの端が、揉み合ったせいで剥がれている。



「・・・フッ。でなきゃあのメスゴリラと結婚だぞ?」



長い前髪が影を落とす口元が一瞬笑いの形に歪み、すぐ元に戻る。



「もう式まで日もねーんだ。さっさと手ェ打たねーとマジで」

「俺、バブルス王女と結婚するよ。」



咄嗟に、トシの言葉を押し止めるように声が出た。



「・・・はぁ?」



ぼんやりと光を失った、しかし鋭さは残ったままの視線が俺に向けられる。



「アンタ・・・何言ってんだ?」



自分でも分からない。

ただ、この感覚はつい最近味わったばかりの、あれに似ていた。



『あんな顔でさよならなんて、できるわけもねェ!!』



お妙さんを失いそうになった時の、「このまま手放してはいけない」と本能が警鐘を鳴らしたあの感覚に。



「俺・・・もうお妙さんトコ行かねェ。王女と結婚するから」

「ふざけんじゃねェ!!」



トシが咆哮し、その腹の底へ響く声に、俺は弾かれたように体を震わせた。



「何考えてんだ・・・何の為にアンタは、俺達ァ戦ったってんだよ!?」



トシの首筋を、幾筋もの冷や汗が流れる。

俺の発言が余程ショッキングなものだったと見え、興奮にまた呼吸が乱れている。



「アンタ・・・あの女と結婚してェんじゃねーのかよ?」

「そりゃ・・・そりゃあそうだけど・・・」



ここで俺がお妙さんの元へ行こうものなら、トシを失ってしまいそうな気がして。
少しでも目を離した隙に、スッと消えてなくなってしまいそうな気がして。


それが、堪らなく怖い。



「そりゃお妙さんの事は好きだけど・・・でも俺なんかちっとも脈ねェし、とっつぁんの命令じゃあ」

「だから何だよ。そんなんで揺らぐ程度のモンだったのかよ。」

「いや、そういう訳じゃ・・・ねェ、けど・・・」



どうしよう。 今のトシも十分堪らなく怖い。



「ふざけんなよ・・・アンタが本気だと思ってたから、俺ァ・・・」



トシの首がぐったりとうなだれ、その後ろにどす黒いオーラの存在を感じる。



「あ、あの・・・トシ・・・?」

「・・・もう知らねェ。そんなにゴリラと結婚したきゃ勝手にしろ馬鹿野郎!!」

「ひぃっ!?」



もうダメだ。 完全にキレてしまった。



「さっさと出てけよ。もう顔も見たくねェ。」

「と・・・トシィ〜」

「出てけっつてんだろ!」



神経質に怒鳴り、縋りつくように近付いた俺の肩をその手が突き飛ばした。



「ごっ、ごめんなさい・・・!」



猛獣に出くわした小動物のようにへっぴり腰で立ち上がると忘れていたケツの痛みがぶり返して
きたが、もうそんな事を気にしている場合ではなかった。

怒りを超越した域に達しているトシの呼吸がもう尋常じゃなくなっていて、今すぐに出て行かなければ
頭に血が昇りすぎてそのまま卒倒しまいそうな状態で。



「お、お邪魔しましたー!!」



泣きそうになりながら、俺は廊下へ出てすぐに障子を閉めた。


見上げた空に浮かんだ月が白く綺麗で、罪の無いその美しさが恨めしい。



(トシ・・・朝になったら機嫌直してくれるかなぁ・・・?)



恨めしい月に、思わず手を合わせて祈る。


ハァ・・・。 自分で薬塗って、今夜は寝よう。





(続)


>>第3話へ



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・・・アレ、こんなシリアスにするつもりじゃなかったんだけどなぁ。(汗)


シリアスにすると、その重圧に耐えられなくなってギャグで濁したくなります。
3話目はまたいさおっち視点でギャグになると思います。


どうでもいいですがキレたトシたんを書くのがなんか楽しかったです。
書きながら私の呼吸がもう尋常じゃなかったです。(←感情移入しすぎ)

あとオールキャラものがなんとなく好きです。
一人称で書く場合登場人物が少ない方が場面描写はしやすいのですが、台詞は色んなキャラの色んな
人格を表現するのが面白いので。

という事で次回はたくさんキャラが出てる・・・と、いいな!(願望)