貴方の笑顔はどこにあるかな。

鈍くて──ごめんね。






  交差するは密やかな願望   第3話






「う゛わ゛ああああああぁぁぁ〜〜〜!! どうじよう、ぞうごおおおおぉぉぉ〜〜〜・・・」



燦燦と陽の差し込む真っ昼間の白い病室。

俺は、総悟の足を覆う掛け布団に突っ伏してただ、号泣していた。



「ちょっ・・・イキナリ来るなりどうしたんですかィ?」



戸惑う総悟の優しい手が、髪のセットもままならない俺の頭を宥めるようにそっと撫でる。



「う゛っ、う゛っ・・・ド・・・ドジが・・・」

「ドジ?」

「ド・・・ドジが・・・お゛ご、お゛ごっぢゃっだ・・・!」

「ドジが奢った? 一体何の話ですかィ・・・?」



総悟は枕元にあったティッシュの箱を引き寄せて2、3枚まとめて引き出すと、突っ伏していた俺の頭を持ち上げ、
涙と鼻水と涎でグズグズになった顔をガシガシと乱暴に拭いた。



「あーあー、男前が台無しになっちまって・・・ほら、チーンして下せェ。」

「う゛ぅー・・・」



鼻に宛がわれたティッシュにずびー、と鼻水を噴き出すと、その音に反応したように隣のベッドから小さな悲鳴が
上がり、俺は涙でぼやけた目をその声の主に向けた。



「・・・あ゛ぁ、ヂャイナざんもいだんだっげ・・・」

「ヒィッ! こっち見んな、背筋がぞわぞわするネ!!」



涙まみれの俺の視線を受けたチャイナ娘は「しっしっ!」と野良犬でも追い払うが如く手を振ると、逃げるように
ベッドを降り、傍らのドアに手を触れた。



「もうこんな部屋嫌ヨ! サドにゴリラに・・・」



愚痴を零すチャイナ娘がドアを開けようとしたその時、ガララ、とその動きを促すように勢いよくドアが横に滑り、
手を掛ける物を失ってつんのめったチャイナ娘の体がぼふっ、とその向こうに居た影にぶつかった。



「むぐっ!」

「お? どーした、神楽。」

「・・・銀ちゃん! 来てくれたアルか!」



喜びのあまりチャイナ娘がその影──銀時の首に飛びつくと、バランスを崩した銀時はそのまた後ろに居た新八君に
倒れ掛かり、新八君が抱いていた見舞い用の果物籠が床に落ちてその中身をぶち撒けた。



「うわっ! ちょっ・・・何してんですかもー! あーあー果物が・・・」

「わ、悪ィ・・・おまっ、神楽離れろって・・・!」

「銀ちゃーん、会いたかったアルー♪♪」



仰向けに倒れた銀時に馬乗りになって頬擦りするチャイナ娘に、それを眺めていた総悟がグッと拳を握り締めた。



「・・・近藤さん・・・」

「? ・・・どした、総悟。」

「・・・俺も・・・俺もあんな楽しそうな見舞いが良かった・・・」

「え? あ・・・ごめん。」



目を細めてしみじみと呟くその横顔があまりに切なくて、俺は慌てて身を起こすと両手で涙を拭い、再び垂れかけて
いた鼻水をずずずーっと啜り上げた。



「あはっ、ご、ごめんな、総悟・・・」

「あれ? 近藤さんも来てたんですか?」



俺の鼻水まみれのティッシュを手にしたまま鬱々と沈み込んでしまった総悟の頭をぐりぐりと撫でてやると、果物を
拾い終えた新八君が籠をサイドテーブルに置き、俺を見るなり深々と頭を下げた。



「昨日はホントにすみませんでした、姉上の為に・・・」

「あ、あぁ、いや、こちらこそ・・・」



病院まで猛ダッシュして来たせいで乱れに乱れた隊服の襟を正しながら、俺もペコリと頭を下げる。



「沖田さんにもこんな怪我を負わせてしまって・・・あ、土方さんはどうですか? なんだか包帯でグルグル巻きに
なっちゃってましたけど・・・」

「あぁ、トシは・・・」



トシ。

額に大きなガーゼを貼り付けて、一人その痛みをじっと堪えながら、己を殺して俺の幸せを願ってくれたトシ。

そのトシは──あの笑顔は──もう──・・・



「・・・うっ・・・ド、ドジィ〜・・・」



失ってしまったその存在を反芻して、再び熱い涙が溢れてきた。



「う゛あ゛ーーー・・・」

「え? ちょ、近藤さん?」

「うわ、またネ! 銀ちゃんアレ気持ち悪いヨ。部屋替えてヨ!」

「あ? ・・・お、おーい・・・なんなのなんなの?」



完全にドン引いている皆の姿に目もくれず、俺は泣いた。

世間の目なんぞトシを失った悲しみに比ぶれば痛くも痒くもない。
それほどに、俺の心は暗く暮れていた。



「・・・どうやら土方さんの名は禁句のようですねィ・・・」



ポタポタと涙の染み込む隊服の膝に、総悟がそっとティッシュの箱を載せた。



「いい加減教えてくれませんかねェ? それが分からなきゃァ慰めようもねェってモンでさァ。」



頬杖をついた顔が覗き込むように近付いてきて、俺はティッシュで顔を拭き拭き、事のいきさつを語った。



「・・・トシと・・・ケンカした。」

「なーんだ、ただの痴話喧嘩かよ・・・」

「旦那ァ、茶化さねェで聞いてやって下せェよ。何です、原因は?」

「・・・俺が・・・『バブルス王女と結婚する』って言ったら・・・怒っちゃった。」

「・・・マジですかィ? 近藤さんアンタ・・・」

「オージョってあのゴリラか? ゴリついにゴリラと結婚するネ!?」

「え、あの料亭に居たゴリラですか!?」

「オイオイ獣姦とか勘弁してくれよマジで・・・」

「獣姦じゃない! そんな・・・そこまでは結婚したってぜってーしねぇもん!!」

「ちょっとちょっと落ち着きなせェ。 近藤さん・・・」

「銀ちゃーん、『ジューカン』って何アルか?」

「神楽ちゃんそんな事訊かないの!」

「獣姦ってのはだなァ、お前と定春が・・・」

「アンタもいい加減にしろォォォォ!!!」

「ふごっ!!」



新八君が果物籠から出したパイナップルで銀時の頭をぶっ叩くと、銀時は低い悲鳴と共にチャイナ娘のベッドに
沈み込み、やっと病室に静けさが戻った。

やはりツッコミの力というのは称賛せざるを得ない。



「・・・本題に戻りますがねィ。近藤さん、アンタ本気で『バブルス王女と結婚する』なんてのたまったんですかィ?」



先程までの騒乱にこめかみの辺りを指で押さえた総悟は、トシと同じ台詞を吐いた。



「そりゃあ、俺だって本音では勿論嫌だ。けど・・・逃れられない事ってのはどうしても」

「折角姐さん取り戻したんじゃないですかィ。なのにそんな結論・・・」

「でも、でもそしたらトシの気持ちは・・・!」



思わず声を荒げてしまいそうになり、俺は大きく一息つき、ゆっくりと言葉を紡いだ。



「トシを・・・裏切っちまうような気がするんだ。」



どちらへの愛も、深すぎて。
どちらか一つに決める事で全ての均衡が崩れることを恐れる。

我儘だってのは、重々承知だ。



「近藤さん・・・」



リクライニングベッドに背を凭れ、総悟は穏やかな口調で呟くように言った。



「アンタの誠は何ですかィ?」



俺の・・・誠?



「誠意ってのは・・・何に対して尽くすモンなんですかねィ・・・?」



誠意。 俺の好きな言葉。

好きな言葉なのに、使う相手が──あやふやだった。



「・・・銀ちゃん、『せーい』って何?」

「んー? 今からこのゴリラのおじちゃんが教えてくれるってよ。」



頭をさすりながら起き上がった銀時の眠たそうな目が、俺をじっと見据えた。

その隣に居るチャイナ娘も、パイナップル片手に立ち尽くしている新八君も、ベッドに凭れて目を閉じた総悟も、
呼吸の音一つ漏らさず、俺の言葉を待っていた。



「俺は・・・」



絞り出すように、喉を開いて言葉を紡ぐ。



「俺は・・・散々世話になってきたトシを、悲しませたくねェよ。」



言いながら、俺の目にはまた涙が浮いてきていた。



「その為には、守らなきゃならねェモンがあるんだ。一緒に作り上げてきた『真選組』を、こんな所で終わらせ
たくねェんだ。まだまだ働きたいのに、ここでお妙さんの為に腹切る訳にはいかねェんだ。」



俺は顔を上げ、新八君に向き直った。



「新八君すまない。お妙さんの事を悪く言ってる訳じゃないんだ。俺が・・・俺が情けねェんだ。あっちこっち、
守りてェモンが多過ぎて、みんな不幸にしちまってるんだ。」

「・・・そんな事、ありませんよ。・・・なんて、勝手な事言いますけど・・・。」



新八君は申し訳無さそうに笑い、所在なさげに頭を掻いた。



「俺ァ腹ァ決めた。もうお妙さんへのストーキングもやめるから、安心するようにって・・・伝えてくれ。」

「え・・・?」



信じられない、というような新八君の視線から、俺は目を逸らした。

その「信じられない」は俺の発言の信憑性を疑っているのではなく、「そんなのは貴方らしくない」と押し止め ようとしているようで。



「総悟、これが俺の誠意だ。」



キッパリと言い切って見せると、総悟が閉じていた双眸をゆっくりと開き、天井を見つめた。



「・・・近藤さん、アンタ何にもわかっちゃいねーや。」



哀れむような目が、俺を射る。



「それは『アンタの信念』に対する誠意。土方さんへの誠意にはなっちゃいやせんぜ。」



ゆっくりと体を起こし、俺を見上げる。



「土方さんへの誠意って事は、『土方さんを喜ばせる』って事でさァ。」

「・・・トシを・・・喜ばせる?」

「土方さんの望みは、何ですかィ?」



トシの、望み。



『・・・あの女んトコ、行けよ。』



「お妙さんのトコに、行けって・・・。そう、言ったよ。」



告げると、総悟はフッと頬を綻ばせた。



「それでいいんじゃないですかィ?」

「・・・でも、」

「俺が土方さんでも、そう言いまさァ。」

「え・・・」



総悟が再び、その身を軽やかに躍らせてベッドに凭れる。



「それが一番、アンタが幸せになれるからでさァ。」

「・・・」

「『望まれる通りになって幸せを掴むこと』。それが『望む人』への誠意なんじゃねーですかねィ?」



望みを、叶えてやること。



『何の為にアンタは、俺達ァ戦ったってんだよ!?』



俺達が剣を取った意味は。



『アンタ・・・あの女と結婚してェんじゃねーのかよ?』

『アンタが本気だと思ってたから、俺ァ・・・』



『俺ァ・・・』何だ? 教えてくれよ、トシ。

お前は、許してくれるのか?
それを、望んでくれるのか?



「・・・トシ・・・」



思わず、その人の名を呟いていた。


やっと分かったよ。 お前に掛けるべきだった言葉を。



『ありがとう、俺の幸せを願ってくれて。』



「・・・総悟、俺やっぱ・・・王女と結婚なんてしたくねェよ・・・」



ポロポロと、もう何度目かも分からない涙が頬を伝う。



「俺・・・一体どうすりゃいいんだ・・・?」

「近藤さん・・・」



総悟の腕が虚空を切って、高い位置にある俺の頭を引き寄せる。

俺は膝をついて、総悟の薄い胸に顔を埋めた。


トシとは──違う感触。



「・・・旦那ァ、」

「んー?」

「いかがです? こんな不憫なウチの大将を、一つ救っちゃァくれやせんかねェ?」

「マジでか。参ったな〜・・・」

「銀ちゃーん、『せーい』ってゴリとサドが抱き合う事アルか?」

「あらら、オメーらのせいでウチの神楽ちゃんが間違った知識覚えちゃったじゃねーかどうしてくれんだ。」

「じゃあ今こそ誠意を見せて下せェよ。江戸の義理人情ってやつをその異国の娘に教えてやりなせェ。」

「あーもーこれ以上面倒な事に巻き込むんじゃねーよ。」



天然パーマの頭をわしゃわしゃと掻き毟り、銀時は果物籠からリンゴを取り出して徐にかぶりついた。



「・・・銀時、俺からも頼む。もう昨日の夜からトシに無視されっ放しで死にそうなんだよ。」



眉間に皺を寄せて俺を避けるトシに耐えられなくて、屯所を飛び出した。



「ノロけたって何も出ねーぞ。俺も昨日の今日で疲れてんだ。」

「・・・まぁ今日の午後にでも披露宴の招待状が届くはずですから、そしたらまた検討して下せェ。」

「・・・は? 披露宴?」

「・・・え、もう招待状出してるの?」

「・・・近藤さん、アンタまさか知らねーんですかィ?」



知らない? 何を?



「披露宴、明日の夜ですぜィ。」

「・・・んん?」



え。



「う、ウソオオオオォォォォォ!!??」



俺は慌てて懐から携帯を取り出し、スケジュール帳のページを出した。
いつもトシが予定を打ち込んでおいてくれる、でも殆ど開くことのないスケジュール帳。


そして、書いてあった。 明日の日付の所に。



『バブルス王女との披露宴(仮)』



「ホ、ホントだあああぁぁぁ!! あ、でも(仮)だって! まだ決まってないよ!?」

「近藤さんが姐さんと会ったっていう見合いン時、あれでもう(決)になりましたぜィ。」

「ええええええーーー!! き、聞いてないよォォォォ〜・・・」

「言ってなかったんですか、土方さん。それが(決)になったから、あの人もあんなボロボロになってまで
姐さん救い出したんですぜィ?」

「え、そ、そうだったの・・・?」



やっぱり俺は、トシの事を何一つ理解してやれていなかった。

申し訳なさに、ぐっと唇を噛み締める。



「総悟、俺やっぱとっつぁんのトコ言って断って・・・」

「待ちなせェ。直接とっつぁん刺激しようもんなら確実に切腹決められますぜィ? ここはもうどうしても
旦那に・・・」

「だからもう披露宴も何も行かねーっつーの!!」

「銀ちゃん、『ヒローエン』って何アルか!?」

「チャイナ、披露宴ってのは御馳走がたらふく食える祭りの事だぜィ?」

「マジでか! 御馳走行くアル! 絶対行きたいネ!!」

「おまっ・・・変な事吹き込むんじゃね・・・」

「銀ちゃんヒローエン行くアル!!」

「うるせェテメーは酢昆布でもかじってろ!」

「何ネ! 死ねェェェこのモジャモジャ白髪がァァァァ!!」

「あーもー二人共暴れないで〜!!」



ぐちゃぐちゃに揉み合う万事屋三人を眺め、総悟がフッと笑みを漏らした。



「チャイナの胃袋押さえりゃァこっちのモンですぜィ。」

「え・・・そう、なの?」

「近藤さん、明日はどうぞ大船に乗った気持ちでお待ちなせェ。きっと救って差し上げますぜィ。」



グッと親指を立て、総悟の口元がニヤリと笑みの形を作った。


この子は・・・いつからこんな賢くなったのだろう。

お父さんは嬉しいが、ちょっぴり寂しいな。


お母さん、早く帰ってきておくれ。

お父さん心細くってならないよ。





(続)


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えっと・・・これは沖近? 銀神?


近土ですよ!?(絶叫)


あの・・・可愛い神楽と、大人で格好良いそごたん&銀の字が書きたかったんです。

いさおっちが微妙に格好悪い感じになってしまったのは勘弁して下さい。
だってこのドSコンビの口の悪さには勝てねーべ?


・・・しかしこのドSコンビはあまりSっぷり見せてませんね。
頭のいいキャラを描くのって大変ですね。(汗汗)


次回は土+妙になる・・・予定です。

近土カプ復活までは今しばらくお待ちをっ!!!