貴方に尽くす喜びは
俺を闇から救い出す
交差するは密やかな願望 第4話
とうとうこの日がやって来てしまった。
障子越しに差し込む中天近くなった太陽の光を拒否するように、目をきつく閉じて寝返りを打つ。
すると額に貼ったガーゼが枕に擦れ、その下に潜む傷が鈍く傷みを広げた。
起きたくない。
枕元に置いた目覚まし時計はもう随分前に電子音を響かせて起床時間をとうに過ぎた事を伝えているが、
最早そんなものに従う意志は毛頭無かった。
ただ、一刻も早くこの一日が終わってくれればいいのに。
そんなふざけた願望ばかりが頭の中を駆け巡る。
──あの人の、笑顔と共に。
「副長ー、起きてらっしゃいますかぁ?」
顔を背けた廊下から、山崎の声が俺を呼ぶ。
「・・・何だ。」
布団に身を横たえたまま呟くように答える。
いっそこのまま体調不良でも装って眠りに沈んでしまおうか。
「──あの、局長が今夜着られる衣装の具合を見て欲しいそうで、呼んでくれと・・・」
今夜。
猩猩星の王女と結婚する、その披露宴が開かれる今夜。
俺のこの身体を重くする、見るに堪えないであろう愛する人の苦しむ姿。
「近藤さんが・・・呼んでんのか?」
「はい、今丁度試しに着てらっしゃるのを手伝ってたトコなんですけど、俺じゃあどうにも具合が分からなくて・・・」
いつもなら、着る前に一式を抱えてここへ来るのに。
俺がその肩に着物を羽織らせ、袴の帯を締め、皺を伸ばし、折れた裾を直し、細かな毛を残らず払ってやるのに。
それが、当たり前だったのに。
「・・・副長? 大丈夫ですか?」
「ああ・・・今行く。」
そうだ。 それが壊れたのは俺のせいだった。
動くのを渋る体を無理矢理起こして、ノロノロと布団を這いずり出し、障子を開ける。
「悪ィ、待たせた。」
「あ、はい・・・なんか顔色悪いですよ? ホントに・・・」
「平気だ。あとは任せてくれて構わねェから、余計な心配ァいらねェ。」
何か言い返したそうな山崎に背を向けて、俺は隣の部屋で待つ人の元へ足を運んだ。
丸一日以上無視し続けてしまったその人に何を話しゃァいいかなんて分からなかったけれど、第一声ならきっと向こうから
放ってくれるだろう。
そんな事をつらつらと考えながら障子を開けると、部屋の真ん中につっ立って所在なさげに羽織の紐を弄っていた近藤さんが
顔を上げた。
その姿はいかにも「慣れない高価な服を着せられました」という雰囲気丸出しのまるでマネキン人形のようで、俺は大将と
崇めてきた大切な人のそんな姿に、おかしみを通り越してただただ、悲しくなった。
「・・・あ・・・トシ、悪いな。俺じゃあ何もできなくってさ・・・」
ハハ、とぎこちなく笑むその人に、俺は無言で障子を閉め、歩み寄った。
「ちょっと一旦羽織脱げ。見てやるから・・・」
「あ、あぁ。」
脱いだ羽織を衣紋掛けに預けてその具合を見ると、首の後ろの襟は中途半端に折れ、袴の内に収めた着物の裾や腰周りは
ぐちゃぐちゃになって脇から飛び出し、袴の帯は所々ねじれ、羽織に隠れていた部分はことごとく酷い有様だった。
つい数年前まで、この人は着物も何も全て自分で処理して生きてきたはずなのに。
それが──最早俺の力がこの人の人間としての根幹まで関わっていたのかと思うと、俺の存在は果たしてこの人にとって有益
なのだろうか、と考えてしまう。
「・・・袴の帯、解くぞ。」
「おう。」
不自然に固く結ばれた帯を、指先に力を込めて少しずつ緩めていく。
いつもならその固さに文句の一つも言えるものが、今日はまるで何も出てこなかった。
何もできなくなったこの人とは逆に、俺はこの人への着付けが身体に染み付きすぎて、頭の中が空っぽの状態でも惰性で手は動くのだ。
「・・・あ、昨日さ、総悟の見舞いに行ったよ。」
沈黙に耐え切れなくなったように、近藤さんがおずおずと口を開く。
「ほら、総悟の奴チャイナさんと同じ病室だったろ、だから銀時と新八君も丁度来たりしててさ・・・」
皺が寄らないよう慎重に袴を脱がせ、真新しい漆黒の着物の裾をからげ直す。
「もうアイツら騒がしくってさ、元気だよな・・・毎度毎度。」
どうでもいい話だった。
いかにも場繋ぎの、何の意味も無い、型にはまった通り一遍な世間話。
それでも話さずにはいられないほど、俺達の間に流れる空気は息苦しかった。
「今夜・・・アイツら来てくれるかなぁ。」
呟きを聞き流しながら、その体の前に膝をついて袴の帯を締める。
「なぁ、トシ?」
不意にくしゃっ、と、髪の毛に何かが触れて、掻き混ぜるように撫でられた。
「ごめんな、いつもいつも頼りっ放しで。」
繰り返される呼び掛けに頑なに答えず、俺は帯を手繰る速度を速めた。
「トシ、何か言えよ・・・」
答えない。 あと少しで、この作業が終わる。
「なぁトシ・・・!」
終わる──のに、その手首を捕らえられ、終わりは阻まれた。
「まだ怒ってんのか? なんで何も答えねェんだよ。」
抑えた、しかし確かな激情が、言葉の底を流れている。
「無視すんなよ。言いてェ事があんなら聞かせてくれよ。」
聞きたいのは、こっちだ。
「アンタは・・・今夜、幸せになれんだよな?」
それだけを、ずっと考えていた。
「この結婚は、間違ってねェんだよな? そう信じていいんだよな?」
掴まれたままの手が震えそうになるのを、ぐっと力を込めて堪える。
震えるな。震えるな。
頭を埋め尽くす恐れも、胸を突き刺すような痛みも、全て感じなくなることができればいいのに。
「トシ・・・」
掴んでいた手が、ゆっくりと解かれる。
「『やっぱり嫌だ』・・・なんて言ったら、わがまま・・・かな。」
恐れの霧が、晴れた。
「・・・え?」
思わず顔を上げ、随分久し振りに、その人の顔をまじまじと見た。
「バブルス王女は、きっとこんな風に着付けてくれたりしねーよな・・・。」
無器用そうな大きな手が、結びかけた帯に触れる。
「そういうの・・・夫婦として、寂しいよなー・・・なんて。」
おかしいかな、と、その人は寂しそうに微笑んだ。
「嫌なのか? この結婚。」
「あ・・・あぁ、だから・・・」
「嫌なんだな。」
俺の心は、もう行くべき場所を決めていた。
「近藤さん、今日は式の時までこの格好でいろ。」
「へ?」
最後の一結びを、その固く引き締まった腹にしっかりと施す。
「え、ちょ・・・トシ、」
「ちょっと出掛けてくる。いじったり皺付けたりすんなよ? もう直せねェからな。」
「えぇ!? ま、待って・・・」
呼び止められるより先に、体は部屋を出ていた。
自室に戻るやすぐに服を着替え、机の上に丸めて置いてあった包帯を頭に巻きつける。
それはさながら、任務を遂行する忍者が頭巾で顔を覆うように。
「トシィ〜! そんなミイラ状態になってどこ行くの? あ、病院?」
「近藤さん・・・」
包帯の間から覗く双眸で、目の前の愛する人をじっと見据える。
「アンタは何も心配しねェで、予定通り皆と式に行け。」
「え、でも式って結婚・・・」
「──今はまだ何とも言えねェが、いいからとりあえずはとっつぁんに従ってろ。いいな?」
床の間に預けていた刀を腰に差し、不安がる近藤さんを残して俺は屯所を出た。
こんな真っ昼間、奴はまだ自宅に居るだろうか。それとも仕事場に──?
(・・・よし。)
案ずるより先に、俺は恒道館道場へ向けて歩を進めた。
愛する近藤勲を、救う為に。
(続)
>>第5話へ
───────────
今回は土+妙にする予定でしたが近土で話を進めていたら思ったより盛り上がって(←自分が)
長くなってしまったので近土ワントラップ入れてみました。
トシたんは一旦何かを思い込んだらそればかりに突っ走って他の事が全く頭に入って
こなさそうな気がします。
でもそんな面倒な性格のトシたんに振り回されるいさおっちも、最終的にはどっかヌケたり
してるのでイーブンだったりして。(笑)
まぁそんなキャラ設定にしている自分が一番訳分からないのですけど。
いつもイマイチ説明不足なストーリーですみませぬ・・・。