池袋:強がりだけど本当は弱い子  西武秩父:いざという時は頼りになるぜ!  新宿:いつでも俺様ナンバーワン

この前提でお進み下さい。↓






  単線に、肩を並べて     第二話






『秩鉄が事故った。』



いつも呑気であっけらかんとした西武秩父から珍しく張り詰めたような声色で携帯に連絡が入ったのは、
あれから19年もの月日が経った2008年2月8日。翌日から三連休を控えた金曜の昼下がり、昼食の為にと
入った宿舎一階の喫茶室で丁度ホットコーヒーを一口啜った時だった。



「・・・事故? 何だ、人身か?」



これといって取り乱しもせず、俺は電話機を握り直し左手で再びカップを持ち上げる。


言い方は悪いが事故の一つや二つなんてよくある事。

事故の一報を受けて初めに考えるのは、「遅延は何分程度に止められるか」、「どれだけの客足に影響が出るか」
それを冷静に見極め、判断し、いかに迅速な行動へ移すかという事である。


”秩父鉄道は相互乗り入れを行っているから我が身にも影響が降りかかるかもしれない。注意が必要だ。”


事故の情報を受けて思う事なんて、それ以上でもそれ以下でもない。



「それとも大方──イノシシでも轢いた、なんてトコか?」

『馬鹿、ふざけてる場合じゃねんだよ。脱線だ。』



──西武秩父が短く言い放った耳慣れない単語に、一瞬思考が止まった。

およそ経験する機会の滅多にないその事故形態を頭に思い浮かべてみて、その現実味の無さに首を捻る。



「・・・あんな辺鄙な所で脱線とは妙な話だな。運行本数なんて一時間に二、三本だろう? そんなに急ぐような
ものでもなかろうし・・・」



脱線、と聞いてとりあえず引っ張り出せたあのJRの事故を思い浮かべながら言葉を紡ぐ。

溢れんばかりの利用者に応えるように組んだギチギチのダイヤ。その定時運行を目指した運転士の焦り。
オーバーラン? カーブの減速不足? そんな言葉のどれもがあの男──田舎風情をのんびりと謳歌する
秩父鉄道という奴には不似合いだと思えるのだけれど。



『事故ったのは貨物の方らしいで。まだこっちにも詳しい情報は届いちゃねェから原因とかそういうのは
分かんねェんだけど・・・』

「ああ。」

『今日も夕方飯能からの直通あんだろ? アレ止まるかもしんねーからよ、一応早めに連絡しとこうと思って。』

「そうか。・・・しかし言っても吾野から先はお前の管轄だからな、そこは任せる。」

『おう。でも明日の池袋からの直通までやられちまうかもしんねーし・・・──あぁ、一応ニュースとか見とけな?
結構デケェ報道されると思うで。』

「分かった分かった。また詳細入ったら連絡してくれ。」



目の前にクロワッサンのサンドイッチが運ばれてきたのを潮に、俺は通話を切った。

面倒な事になったものだ。
パレオエクスプレスとやらの時期からは外れているものの、この三連休を利用して温泉にでも行こうかという
計画を立てていた客も居たかも知れないのに。


勿論、そういう者達が西武からの直通を利用したかも知れないのに、という意味だ。
折角直通運転してやっているというのにこちらの利益を潰すとは全くもって迷惑な話である。


俺はそんなイライラも噛み潰すようにサンドイッチを乱暴に咀嚼すると、幾分冷めてしまったコーヒーで
流し込み、夕方からのラッシュに備えて軽く仮眠でも取っておこうかと階上の自室へ向かうべく喫茶室を出た。



(・・・奴が脱線、か・・・)



エレベーターの前に立ってボタンを押し、漸く初めて秩父鉄道それ自身に思いを向ける。

19年前のあの日から、全く会っていなかったわけでもない。
西武秩父にくっ付いて飯能まで来た事もあれば、捨てたはずの東武東上にくっ付いて池袋で鉢合わせた事もある。
ハイキングでもしねェか、と田舎臭い行事に呼ばれてこちらがわざわざ出向いてやった事だってある。


その度に、奴は眉間に皺を寄せるような独特の渋みある笑みを絶やす事なく浮かべて、皆に接していた。

俺は東上のようにあからさまに好意を(本当に「好」意だ、奴の場合は。)表すような気持ちの悪い真似こそ
しなかったが、奴には相変わらず、そのがっしりとした機関車のようなルックスに人を惹き付けるが如き魅力は
感じていた。

100年を優に超える歴史を持った路線独特の落ち着きと言うべきか、しがらみを持たず一つ突き抜けた爽やかさの
ようなものを、奴は持っていた。


欲深さはなく、ギラつかず、がっつかず、ただ、来るものは全てその大きな体で受け入れてくれる──。

だからその奴が何を思ったか知らないが、貨物と言えどそんな事故を起こすだなんて違和感がこみ上げて仕方が無い。


エレベーターが到着し、10階に位置する自室まで一気に上昇する。

まだ随分明るい外の光を遮るようにカーテンを閉め、薄暗くなった部屋のベッドに身を横たえ──一度だけむくりと
起き上がり、思い出したようにテレビのスイッチを点けた。 ボリュームを絞った、ニュースチャンネル。


知るべきニュースは待たず、目を閉じる。


奴の安否が知りたいんじゃない。奴のせいで危うくなった俺の安否を確かめたいだけだ。

緊急の連絡は携帯に入るから、こんなニュース──気にしなくたって、問題は・・・無いのだけれど。


自分にそんな言い訳をしながら、俺は淡々としたアナウンサーの声に導かれるように眠りに落ちた。




*****




うつ伏せていた体の胸元に携帯着信を告げるバイブを感じて、目を覚ます。



「・・・ん・・・もしもし・・・」

『あ、池袋か? 俺だけど、やっぱり5時と6時の直通は西武秩父止まりだってよ。』

「・・・西武・・・? ・・・今何時・・・?」

『あぁ? おめっ、寝てたんけェ? ちゃんと動いてんだろうなぁ? お前まで止まっちまったら俺もう正丸トンネルに
引き籠もるしかねェで。』

「・・・大丈夫だ。下らない事を言うんじゃない・・・」



電話越しでも無駄によく通る西武秩父の声に起こされ、まだ眠気の抜け切らない目を擦りながら重たい身を
持ち上げると──すっかり暗くなった部屋の中でその目に何やらチカリと光が飛び込んできた。



(・・・・・何だ・・・これ・・・?)



枯れ草に覆われた茶色い土手の下へ、まるで子供に飽きられた模型のように投げ出された一台の薄青い車両。
その車体を潰さんばかりに上に重なり、或いは隣の線路に乗り上げるように傾く貨物車両。
大きく歪んだそれからは雪のような白い粉──石灰石が零れ落ちて土手を汚している。


テレビに映ったその映像はまるでアクション映画のワンシーン。

大々的なセットでも見ているかのような錯覚に陥る俺の呆然とした頭を、しかしその直後に被さったテロップが
現実へと引き戻した。



『秩父鉄道で貨物列車が脱線』



絞られたボリュームのままボソリボソリとアナウンサーが伝える事故状況は殆ど耳へ入って来なかった。
まるで経でも唱えているかのような不気味さで、耳が受け入れる事を拒否していた。



『──・・・池袋? お前さっきから話聞いてるん?』

「・・・あ・・・」



電話機を持つ手は、知らず震えていた。

『運転士一名が軽傷、死者はなし』、そんなテロップが流れても、心のざわつきは少しも止まなかった。


もう20年近くも見知っている路線の初めて見る凄惨な姿に、先刻の比ではない思考の麻痺が俺を襲っていた。



『池袋? おーい、どうした? ・・・じゃ、まぁとりあえずそういう事だからよ、今復旧作業してるらしいけど明日も
多分朝の直通止まるから、そういう事で了解しといてくれいな。』

「・・・あ、ま、待て!」

『あん?』



殆ど働かない頭で、それでも西武秩父が電話を切りそうになっているのを察した俺は無意識の内に奴を呼び止めた。



『何だ、聞いてたんけぇ?』

「あの・・・ち、秩父鉄道は・・・その・・・」



無事なのか?


訊こうとしたが、何故だか喉が詰まって上手く声が出ない。



『俺ァとりあえず終電済んだら秩鉄の方行って様子見てみるつもりだけどさ、お前も来るか?』



行きたい。一目会って無事を確認したい。

西武以外の誰かに対してこんな感情を持ったのは初めてだった。


でも、俺の口は動かなかった。その言葉を告げる事はできなかった。
ベッドの上に座ったままの足も少しも動かなくて、しかし動けたところで今すぐどこかへ逃げ出してしまうだろう。


既に別の話題に切り替わったテレビ画面を見つめながら、俺の目には線路から崩れ落ちた列車の残像が貼り
付いたまま、もう何も見えなかった。



『・・・池袋? お前何か変だで。やっぱり寝てた方がいんじゃねェか?』

「・・・いや・・・」



またも無意識に、搾り出すような声が出た。



「・・・何でもない。平気だ・・・。」



プツリ、と通話が切れる。

切ったのは俺の指だ。こんな時にさえも素直になりきれない、俺のしょうもないプライドだ。


ヴーン、と間もなく新たな着信が手に持ったままの電話機に届き、通話ボタンを押して再び耳に当てる。



『あ、池袋ー? 新宿だけど、お前ちょっと遅延してねェ?』

「・・・え・・・?」



ただでさえ混乱の隠せない頭へ、普段電話してくる事など滅多にない新宿からの言葉で更に追い討ちをかけられ、
俺は殆ど意味のない声を返した。



『所沢でお前の下り電車連絡待ってんだけど。ラッシュでホーム満杯なのに発車できねーじゃんよ。』

「・・・あ・・・あぁ、すまない・・・」



いけない。心の乱れがダイヤに表れている。



「すぐに立て直す。もう少し待っててくれ。」

『・・・ったく、頼むぜ。そっちも混んでるんだろうってのは分かるけどさー。』



現代っ子新宿は西武秩父に似て少しずけずけとした物言いで、こちらも妙な威圧感がある。



「本当にすまない。俺とした事が、あんな──・・・あぁ、言い訳はしたくないんだが・・・」

『え? 何? どうかしたん? ・・・あ、来た来た、今ホーム入ってきたぜ。』

「・・・そうか、良かった。 ・・・じゃあ、乗り換え・・・宜しく頼む。」

『オッケー、サンキューな〜。』



最後まで軽い口調でさらりと言い切ると、今度は新宿がぶつりと通話を切った。

奴の方には、この話は届いていないのだろうか。

自分だけがこんな複雑な思いを抱かねばならないなんて不本意で、悔しくて、でもやはりどこか不安で、心細くて、
今更ながらに突き放した筈の西武秩父の声が恋しくなってしまったりもして、俺はそんな自分が嫌になり、気持ちを
どこかへ追い遣るようにぐしゃぐしゃと前髪を掻き毟った。



(畜生、何であんな奴に・・・)



事故の映像とあの衒いの無い笑顔が、頭の中でカットバックする。


俺は奴が嫌いだ。
建前はどうあれ、あの日堤会長を無下に扱った恨みは決して忘れてなどいない。


あの時のように、再び懐から写真を取り出す。
今や会長職を辞してしまった、しかし片時もそのご恩を忘れた事の無い父子の写真を。



(あんな奴にかまけて遅延や運休だなどと──お恥ずかしい真似を致しました事、どうかお許し下さい・・・)



心は今日も、西武グループの繁栄の為に。


会長のお写真を眺めていると、揺らいでいた心がすっと澄み渡るように静まるのを感じる。



「俺は・・・今日も俺らしく走るだけだ。」



あの日もそう誓った筈ではないか。

堤会長に生んでいただいたこの体を、ただ、精一杯に走らせる。
それが俺の仰せつかった役割だ。


写真を恭しく懐に収め直し、携帯電話も共に仕舞い込む。

ベッドから降り、テレビを消し、ドアの前まで歩み寄り──そこで立ち止まり、深呼吸を一つ。



(まだまだ、夜は長い。)



廊下へ出るやドアにはカードキーのロックを手早く掛け、背筋を伸ばして颯爽と踏み出す。


乱れた前髪を手ぐしでさっと直し、俺は本格的なラッシュの時間帯を切り抜けるべく、一人池袋駅へ向かった。




>>第三話へ



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池袋可愛いよ池袋。

自分で言うのもなんですが、書けば書くほど素直になれずにいる(というか自分の気持ちに気付いていない)
池袋が愛しくてたまりません。

ホントはこの辺のストーリーはもう少しさらっと流すつもりだったのですがついつい長くなるあまり
新宿まで出してしまいました。

ちなみに所沢での遅延うんぬんは捏造ですよ!
8日夜の秩鉄直通運転運休は多分・・・実際にそうだったんじゃないかと思うのですが・・・。


しかし秩鉄のあの事故現場はショッキングでしたね。
リアルタイムのニュースでは見ていなかったのですが(なので池袋が見ていたニュース番組も捏造です・・・)
ネットでなら今でも「秩父鉄道 脱線」とか検索かければ画像残ってると思います。

事故ってホント怖いですね・・・。
運転士さんはお気の毒でしたが死者や重傷者が出なかったというのはせめてもの幸いですね。


さて、次回こそは間違いなく東上出ますよ!
視点も秩鉄に切り替わりますので、一風変わるであろう展開をどうぞお楽しみに・・・☆